心象風景の一コマ 〜What is this magic, reality marble?

「お〜! ここはどこだ? 確かここは図書館じゃなかったっけ?」

 いつものようにどこからともなく忍び込んだ魔理沙が驚いた声をあげた。相変わらず忍ぶということをしない、実に堂々とした泥棒である。

「あら? 砂漠にもネズミはいるのね? 知らなかったわ」

その声に紅茶を片手に魔道書を読み耽っていたパチュリーが顔をあげ、魔理沙の悪びれもしない小憎らしい得意げな笑みに溜息をつくと、いつもと変わらぬ澄まし
た声で答えた。手を頭の後ろで組み、物珍しげに辺りを見渡しながらブラブラとやってくる魔理沙を、パチュリーは「どうしてここにいるのか?」と言いた気にジ
ッと見つめる。しかし当の本人はそんな視線など気にした様子もなく、芝居がかった動きで肩をすくめた。

「そりゃそうさ。美味そうなものがあるところにネズミは湧くもんなんだぜ。で? これは一体どういうことだ? また魔法実験にでも失敗したのか?」

 澄ました顔で読書に戻ったパチュリーに、魔理沙が何故か嬉しそうに訊ねる。その魔理沙の言葉の調子にパチュリーが小さく眉をひそめた。

「『また』と言われるほど、私は魔法に失敗したことはないわ」

その程度の変化だとパチュリーを知らない者は、いや知っているものであっても、見落としてしまうようなささいな変化でしかない。しかしパチュリーの前の魔法
使いは見落さない。ムッとしているパチュリーに魔理沙はニヤリと唇を吊り上げ、親指で自分の後ろを指差すと得意げに言った。

「じゃあこの有様はなんだ?」

 そんな魔理沙の皮肉な質問にも、パチュリーは言葉だけは飄々と答える。

「久しぶりに魔法に失敗したの」

「何だ。結局失敗したんじゃないか」

 口調だけはいつもと変わらないパチュリーに、魔理沙はニヤニヤと笑う。どう冷静に対応しようとも、パチュリーが魔法を失敗したと言う事実自体は変わらない。
そして失敗したことを内心ではかなり悔しがっているのにそれを隠しているパチュリーの姿が、魔理沙は楽しくてしょうがないらしい。

「失敗した事実は変わらなくとも、『また』だなんて恒例行事みたいに言われるのは心外だわ。特に貴女にはね」

魔理沙の馬鹿にするような態度が気に入らないようで、パチュリーにしては珍しく口調を強めて言う。しかしそれも普段の小声と比べると、という意味である。実
際に発せられた声はほとんど囁き声と大差はないので、あまり迫力はない。

その日の図書館はすっかり様変わりしていた。というよりも、既に図書館と呼べるようなものではなくなっていた。

 魔理沙が図書館に続くドアを抜けると、そこは砂漠だった。

なんの光源がないのに、辺りは黎明の頃のようにボウっと明るい。外界と図書館を厳格に区切る凝り固まった血の色の壁はなく、地平線の彼方まで灰色の砂に覆わ
れている。そして暑くもなく寒くもなく、砂漠にも関わらず空気は乾燥していない。そのため不思議な穏やかさに包まれていた。

ただ死んだように何も動かず、何の音もしないだけだった。

 そんな灰色の砂漠の真ん中を切り取るように、目の覚める緋色の絨毯が敷かれていた。絨毯の上にはティーテーブルが備え付けられ、其処でパチュリーが本を読
み、その傍らに小悪魔が控えていた。図書館の天井の薄闇まで伸び上がって、何所までも続くように並べられていた書架の列は、今は無節操に灰色の砂の上に並べられ、
地平線の向こうへと消えていた。

「で、今回は何の魔法を失敗したんだ?」

 魔理沙はニヤニヤと笑い、パチュリーにグッと顔を近づける。その勢いに押されるようにパチュリーは顔を逸らし本の影に非難すると上目づかいに魔理沙を見た。
その視線には魔理沙の執拗な追求に対しての少しの煩わしさと質問に答えることへの少しの羞恥が混ざっているようだ。

「外の魔法を試してみたのよ。どうやら結界の一種みたいでね、何でも術者の心象風景を顕現させるんですって」

「んで、効果は?」

 ほう、と顔を近づけたまま分かったような分からないような声をあげる魔理沙にパチュリーが素気なく答えた。

「それは唱える術者によって変わるみたい。本によると、様々な魔術武器を召喚したり、他の生命体を自分の体に宿したりもできるみたいね。ま、こ
の例だと私には有難味が薄いけれど。因みに私の場合は、『私が落ち着いて本を読める環境を提供する』というのが、その効果よ」

「何だそりゃ」

 少しばかり得意げに答えたパチュリーに思わず苦笑いする魔理沙。それでもパチュリーは変わらず、淡々と魔法の説明を続ける。少しだけ声に張りがあるのは、
やはり新しい魔法を自慢したいからなのだろう。

「一つに、暑くなく寒くない温度と、体調にも書物にも丁度良い湿度を保つ。二つに、明るすぎず暗すぎない、目に優しい一定の光度を保つ。三つに、
望めば美味しい紅茶とケーキを小悪魔が持ってきてくれる。これで後は相手をするのが面倒なネズミが忍び込んだりすれば、そいつがカラカラのミイラみたくなる
まで無限の砂漠を彷徨ってもらうこともできるようになる……はずだったんだけれど……」

「ほお。そりゃ凄い。ネズミの奴も大変だな。……で、何を失敗したんだ?」

 魔理沙は自分のことを棚にあげ、気楽そうに言う。だんだんと語尾が怪しくなっていくパチュリーが余程楽しいのか、一向に顔のニヤニヤ笑いが収まらない。
そんな魔理沙を一瞬パチュリーが本越しに睨んだが、その嬉しそうでいやらしい笑顔に何を言っても無駄だと悟ったらしい。小さく咳払いをすると、先程までと変わら
ぬ様子で魔法の説明を続ける。

「第一に結界として正常に機能していないこと」

 そう言って本から片手を離すと、グッと親指を立て、

「二つに何故か解除できないこと」

 加えて人差し指を立てた。

「は? どういうことだ?」

 魔理沙は訝しげな顔をする。パチュリーが何を言っているのか理解できないらしい。パチュリーは立てた二本の指を順に折りながら、怪訝そうな表情の魔理沙に
続ける。

「この魔法、どうやら外から中へは入れても、中から外へは出られない見たいなのよ。つまり全く結界として働いていない、いえ、どちらかというと
誤作動しているというところかしら。たとえるなら檻、この場合だとネズミ捕りと言うのかしらね? しかも何故だが捕まったネズミは干からびもせず、出て行き
もせずにチーズに齧りつくのだから困ったものだわ。そして何をどう間違えたのか術者である私の解呪も受けつけない、つまり私も外へはでれない。まあ、無理矢
理破ってしまっても構わないのだけれど、それも面倒だし、特にこのままでも害があるわけでもないから放っておくことにしたの。この魔法も効果時間があるみた
いだからね。で、その間に慌てず騒がずお茶を楽しんでいると、こうゆうことなの」

 そう言って紅茶に口をつけるパチュリー。パチュリーがこの図書館から外へでることはほとんどない。そういう意味では「ここから出られない」ということは大

して困るようなことではない。それはパチュリーの身の回りの世話をする小悪魔にしても同様である。だから結局ここで魔法の失敗の被害を最も被るのは、堂々と忍び
込み大きな顔をしているネズミだったりするのである。

「何だって! それじゃあ本を借りて帰られないじゃないか! ……なら仕方ない! なら勝手に風穴開けて帰るからな! 私を怨むなよ、パチェ!」

 当のネズミもようやく理解したらしい。しかし理解するなり、先程までの皮肉気な態度をかなぐり捨てて無茶苦茶なことを騒ぎ始める。そうして慌てて小型八卦
炉を取り出そうとスカートのポケットを探り始める魔理沙。その姿をパチュリーは冷ややかな目で眺めながら悠々と紅茶を愉しむ。そしてティーテーブルから溢れ
るくらいにぶちまけたガラクタの中からようやく八卦炉を発見した魔理沙に、タイミングを見計らって諭すように言う。

「ちなみに大きな音がする魔法も使えないわよ。貴女のその魔砲とか特にね」

「何でだよ!?」

 その小さな声に、今にも八卦炉を構えようとしていた魔理沙は反射的に声を荒げ、握り締めた拳をティーテーブルに勢い良く打ちつけた。しかしその拳の勢いに
も関わらず、華奢なティーテーブルは少しも揺れず、音もほとんどしなかった。思ったような派手な音がしなかったせいで魔理沙は怒りが収まらないらしい。妙な
具合に顔をしかめると、むきになって何度も勢い良く拳をテーブルに打ちつける。そんな魔理沙にパチュリーは目もくれず、紅茶に少し口をつけると読書を続ける。
魔理沙の奮闘空しく、パチュリーの結界魔法はしっかりと効力を発揮しているようで、固い靴で廊下を歩くような「コツコツ」という音しかしなかった。何とか憂
さを晴らそうとして余計にイライラが溜まっていく魔理沙を、パチュリーは砂漠に似つかわしくない湿った瞳で見つめ、ボソリと呟いた。

「アンタと、アンタの魔砲が一番五月蠅いからよ」

 そして「そんなこと言わなくとも分るだろう」と視線でつけ加えた。しかし魔理沙がこれぐらいのことに堪えるはずもない。とりあえずこれ以上ティーテーブル
を叩き続けても埒は開かないわ、手は痛くなるだけだわということを悟ったらしい。ストレスを発散させることを諦めると、思いっきり椅子の背にもたれ伸びをした。

「それじゃあ仕方ない。仕方ないから私もこの結界が解けるまでここで読書させてもらうぜ。で、効果がなくなるまでの時間はどれくらいなんだ?」

 背筋を伸ばしたままで尋ねる魔理沙に、パチュリーは本から顔を上げることなく即答する。

「最短で後二十時間。最長だと一年以上と言ったところかしら?」

 パチュリーの予測に、刹那、魔理沙は言葉を失った。そのまましばらく固まっていたが、ややあって黙って頬をかき、「よっこらっしょ」と呟くと、おもむろに
椅子に座りなおした。そして何処からともなく魔道書を取り出してパラパラとページを繰り始め、

「……ま、私は日頃の行いがいいからすぐに出られるだろうさ」

 とりあえず問題を棚上げにすることに決めたらしい。その様子を本越しに見て、パチュリーが言う。

「全く暢気ね。それとその本、読み終わったら本棚に戻しておいてよ」

 そうして小さく溜息をつき、 「きっと無駄なんでしょうけどね」とつけ加えた。魔理沙は今になって突然パチュリーの声が聞こえな
くなったらしく、何も返事せず鼻唄を歌いながらページを繰る。その様子に、パチュリーはもう一度溜息をつくのだった。

 そうして魔女と魔法使いは差し向かいで、魔道書を読み始めた。

「しかし、改めて考えると、ここはパチェの心の中ってわけか。ちと寂し過ぎやしないか?」

 が、読み始めて間もなく、魔理沙は本から顔を上げてパチュリーに訊ねた。対してパチュリーは書面から視線を離すこともなく答える。

「正確には私の心象風景の一つであって、この世界が私の心全部の表出ではないわよ。それに寂しいというけれど、レミィも咲夜も用事だ何だと訪ね
てきてくれるし、コッソリ妹様も部屋を抜け出しては暴れるし、小悪魔は言わなくとも本を運んでくれるし、美鈴は、……まあ、アレだけど……巫女もアンタも賑
やかしにくるしでね、おかげで退屈せずにすんでるわ。それに最近は他にも来客が増えたみたいでね、これで中々大変なのよ……そ、それに……」

「それに?」

口篭ったパチュリーに魔理沙が先を促す。パチュリーは本に顔を埋めると、ページを繰る音に紛れて呟いた。

「私が動かなくてもみんなが私に会いに来るって言うのは、物語のお姫様みたいでなかなか悪くないしね」

 パチュリーの言葉に、魔理沙は一瞬キョトンとした顔をしたが、軽く息をつくと読みかけていた魔道書をテーブルに置いて頬杖を突いた。そして本で顔を隠し、
なおかつ視線を逸らせているパチュリーの顔をマジマジと覗き込む。その姿に歯を見せ本当に嬉しそうに笑う。それは先程までのニヤニヤ笑いとは違う、爽やかな笑みだった。

「確かに病弱だしな」

「……まあ、おかげで本を読む時間が減っちゃったんだけどね」

 本で顔を隠し、そっぽを向いたたままパチュリーは少し不満そうに答える。それに魔理沙は大きな溜息をつき肩をすくめて応じる。。

「そいつは贅沢な不満だな。まったく図書館のお姫様は世間のつき合いって奴をしらないから困るぜ。あとパチェの場合はもっと実践を重視すべきだと思うぜ。色々とな」

 そういう魔理沙にパチュリーもようやく本から顔を覗かせ答える。

「それはアンタとアリスに任せるわ。私は理論重視なの」

 そんな負け惜しみのようなことを平然と言ってのけるパチュリーに、魔理沙が苦笑した。まるでいつもの自分の言い草みたいだ、とそう思ったのかもしれない。

「だから今みたいに魔法を失敗する羽目になるのさ」

「これはこれで本をゆっくり読めるから、構わないの」

 パチュリーは気にした様子もなく涼しげに答える。魔理沙から顔を隠している間に、パチュリーの中で今回の魔法の失敗は既に過去のものとして整理されたようである。
平然とするパチュリーに、魔理沙はつまらなさそうに唇を尖らせた。そうして優雅な仕草でケーキを切り分けるパチュリーを見ながら、ふと呟いた。

「しかし考えてみるとこの魔法、なかなか便利かもしれないな。倉庫代わりに使えるかもしれないし」

 実に魔理沙らしいことを考えているようだ。最初から整理整頓しようという考えはないらしい。だらしないことを考えている魔理沙に、パチュリーは几帳面にケ
ーキを切り分けながら答える。

「何なら教えてあげるわよ? 解除する方法を見つけてくれたらね」

 その言葉に魔理沙は大げな溜息をついた。

「どっちにしろ読書の時間になるわけだな。やれやれだぜ、私はどうも静かな読書は苦手なんだがな」

「魔理沙にはもう少し集中力とか、おしとやかさみたいなのが必要みたいね」

 そう言う魔理沙に、パチュリーは少しだけ口元を緩めるのだった。

Fin.

あとがき

「アリスだろうが魔理沙だろうが、全員ぱちゅぱちゅいしてやんよ」とパチュリー様が仰ったので、今日はパチュリー記念日。
はい、そんなこんなで、こんな話になりました。タイトルをいっそのこと「砂漠二人ぼっち」にしよかとおもた。が、こんな感じに落ち着きました。一発ネタだっ
たので、上手くまとまってません。固有結界と照れるパチェを書きたかったのが本音。

ちなみにパチュリーさんの固有結界は「叡智集うの夢幻の箱庭(ライブラリー・オブ・アレクサンドリア)」とか、そんな感じの名前だと思います。

あと私はカプについてこだわりはない人です。以上。

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