妖魔夜翔

「もー、ルーミアったら一体どこに行ったのよ」

「まあまあ。みすちーが探してくれてるんだし、もうすぐ帰ってくるよ」

 神経質そうに腕を組んだりと解いたりしているリグルを見て、橙が暢気そうに言った。

 墨で塗りつぶしたような見事な夜に、満月を見事に真っ二つに割った半月が、眼下で繰り広げられる乱痴気騒ぎを見て見ぬ振りをして浮んでいる。

今は草木も眠る丑三刻である。

 リグルと橙の目にも、片目の月が見ているのと同じ騒ぎが映っている。

夜の下で、無数の妖怪たちが蠢いていた。あるものは盛大に酒宴を開いて、真赤な顔で打ち騒ぎし、あるものは茣蓙の上に奇々怪々な品々を広げて、衆 目の好奇の目を欲しいままにしている。

あちらこちらで妖怪たちの笑い声が聞こえる。怒声、悲鳴、叫声が絶え間なく響く。しかしそのどの声にも、本来あるべき感情と喜びとがすり返られて いるのが分かる。

 百鬼夜行。

 それは年に一度、時には二度三度、妖怪の中でも力の強い者(そして宴会好きで、暇を持て余している者)が持ち回りで音頭をとって催される大宴会 である。

 もちろん幻想郷のことである。百鬼夜行の音頭をとるからといって、妖怪たちから一目置かれるわけでもない。ただお祭り好きな奴だと思われるのが 関の山である。だから百鬼夜行の主催者をかってでようという物好きは少ない。ではどういう時に開かれるのかと言うと、お祭りに飢えた妖怪が、時々宴会 分の不足を補うために行われるのである。

百鬼夜行の作法は、主催者である妖怪が先頭を行き、その強力な妖力でもって瘴気を集め、「妖怪の意志により動く足場」を作ることから始まる。百鬼 夜行にやって来た妖怪たちはこの足場に「乗る」。そうしてある者は、その上で酒宴を開き、またある者は屋台を出したり、思い思いに百鬼夜行の夜を楽し むである。最初、その足場は先頭の妖怪の支配下にあるが、あちらこちらから妖怪が集まるに従い、無数の妖気が混じり、瘴気が籠もり、それが場を広げ、 何時しか先頭の妖怪の意志を越え、百鬼夜行に集った妖怪たちの移り気な心のそのままに、あちらこちらへとフラフラとうろつき始めるのである。そうして 妖怪たちは思う様、踊り、食べ、飲み、騒ぐ。その人に聞こえぬ賑やかな音は、夜のしじまに響き渡り、祭りを忘れていた妖怪たちにその騒々しさを伝え、 早くこちらに来るようにと急き立てる。そうして百鬼夜行はだんだんと大きくなっていくのである。

「あう〜、やっと追いついた〜」

「ルーミア、おそいー」

 頼りなげにフヨフヨと漂うように飛んでいたルーミアが、リグルを見つけてパタパタと手を振る。呆れたよう額に手を当てるリグルに、ルーミアが悪 気なそうに笑みを浮かべ、頭をかいた。

「フラフラしてたら、皆が何処にいるのか分かんなくなっちゃって〜」

 一人でフヨフヨと浮んでいるルーミアに、リグルが不思議そうに尋ねた。

「あれ? ルーミア? 途中でミスティアに会わなかった。迎えにいってたんだけど?」

「いんにゃ。会ってないよ〜。大丈夫だって〜、放っておいてもちゃんと帰ってくるよ〜」

「そうだよ。ルーミアでも帰ってこれたんだから、大丈夫だよ」

 ブンブンと首を振るルーミアの背中に抱きついて、橙が能天気そうに言った。。

「そうかなぁ」

 リグルは疑わしげな顔をして顎に手を当てる。そんなリグルと違い、ルーミアと橙はいたって暢気である。眼下に広がるお祭り騒ぎに、瞳をキラキラ させている。ミスティアが帰って来られるかよりも、一刻も早くお祭りに参加したくて仕方がないようだ。

「今日の主催は誰だっけ?」

 背中に橙を背負ったルーミアが、お祭りの中に飛び込む代わりにリグルの首に抱きついた。ドンチャン騒ぎの瘴気にあてられたのかもしれない。

「今日は萃香だよ。あと重い」

 二人分の重さを首で支え、それでも冷静な表情を保ってリグルが答えた。

「それじゃあまた酒盛りになっちゃうのね〜」

 プルプル震えるリグルから腕を離し、ルーミアが橙を乗せて夜を滑るように飛ぶ。とりあえず何かをしていないと、体がうずいて仕方ないらしい。

「そうね。また酒池肉林の宴よ。ま、大抵の妖怪は酒盛りが大好きだからいいんでしょうけど。私は、前回の橙のご主人様たちみたいなのが好きだけれど」

 コキコキと首を鳴らし、ルーミアと並んで飛びながらリグルが言う。

「お花見?」

 ルーミアの背で、橙が言った。

「そう、夜桜見学」

「桜餅は美味しかった」

 リグルが頷いて、ルーミアがその時のことを思い出し、口の端に涎を垂らした。

「じゃあ、あの花屋のも好きなんじゃない?」

 橙が思いついたように、リグルに尋ねた。リグルは困ったように笑う。

「片っ端から枯れ木に花を咲かせてまわったやつね。……う〜ん、ああいう派手で騒々しいのもいいけど、私はもうちょっと落ち着いた感じのが好きかな?」

「私もサラダよりお肉のほうが好きかな?」

 リグルが腕を組んで小首を傾げた。ルーミアも腕を組んで小首を傾げ、口の端の涎を拭った。

 その時、パタパタと聞きなれた羽音が聞こえた。リグルが音の方に振り返ると、ルーミアを探しに出ていたミスティアが手をバタバタと振っていた。 その姿は酔っ払いが踊っているようにも見える。

「おーい、リグルー! ルーミア見つかんないよー!」

 どうやら腕の動きは見つからなかったということを表現しているらしい。

「おかえり。ルーミアなら、ほらここに」

「あ〜い」

 リグルがルーミアの頭を掴んで、ミスティアに突きつけた。目の前のルーミアの満面の笑みに、ミスティアが半音上げた声を上げる。

「いたー。もー、必死に探したのよー」

そう言って腰に両手を当てた。どうやら怒りを表現しているらしい。ただ全然迫力はない。

「ご迷惑おかけします〜」

 ルーミアはペコリと頭を下げたが、ほとんど悪びれた様子もない。それでもミスティアは満足気に頷いた。元々それほど怒っていたわけではないよう である。否、自分が怒っていたことをすっかり忘れてしまったらしい。そしてその代わりに何かを思い出したらしく、悪戯っぽく微笑んだ。

「そうだー。お土産があるのよー」

そう言って手を背中に回して何かゴソゴソとする。そうして自分の方を不思議そうに見ているリグルに向かって、ミスティアは何かを突き出した。

「ほらー、うぃーん」

「痛い! 痛いって!」

 ミスティアが手にしたもの――蛇腹に何かを抓める手をつけたマジックハンドで、リグルの頬を抓っる。もちろんそんなことをされて喜ぶわけもなく、 バタバタと手足をばたつかせてリグルは逃げる。ミスティアはそれを面白がってリグルを追いかけては、髪を掴んだり、お尻を抓ったりして満足そうである。

「どこで見つけたの、それ?」

 追いかけ追いかけられる二人を見ながら、橙が物欲しそうに尋ねた。

「河童からよー。むこうでガラクタ市を開いていたわー。それとあっちでは魔法使いが人形劇をしていたわー」

すぐにリグルを追い回すのにも飽きたのか、ミスティアが答える。そして両手で別々のところを指さした。指は180度反対の方向を指している。その 様子にリグルが呆れる。

「道理で。そんなにあっちこっちとフラフラしてれば、ルーミアが見つからないわけよ」

 リグルが抓られた頬をさすり、暴れてグシャグシャになった髪を整えて呟いた。

「アリスが来てるってめずらしいね。一人で?」

 橙が尋ねると、ミスティアが首を振った。そうして驚くべきことを口にする。

「ううん、紫の人と一緒だったわー」

 その答えに三人が目を丸くする。

「パチュリーと!」

「何て珍しい!」

 思わず橙とルーミアが声をあげた。

「終に紅魔館を追い出されたのかしら……」

 リグルだけは憐れむように呟いた。

「そういえば吸血鬼の時は、ひどかったわね」

「紅魔館」という単語で思い出したのか、橙が言った。リグルが渋い顔で笑う。

「トマト投げだったっけ。本当は人間の心臓でやるんだーとかいってたわね」

「けど藍様はそんなの嘘だって言ってたよ?」

「まあ、あの吸血鬼の言うことも、大概が適当だからね」

 不思議そうな顔をする橙に、リグルが肩をすくめた。

「あのトマトは美味しかった」

 ルーミアも思い出すように目をつむり、口元から涎を垂らした。ウットリした表情のルーミアに、橙とリグルは呆れた顔をした。

「そういえばウサギは見かけなかったわねー。ウサギの飼い主もだけどー」

 ミスティアがパタパタと羽を鳴らす。

「ああ、前に先頭をかって出た時に参加料を取ったから、今回は出入り禁止らしいわ」

 リグルの答えに、ミスティアの歌声が半音上がった。どうやらその時のことを思い出したらしい。

「あれはひどかったわー。屋台を出すにもお金を取るし、売り上げからもお金を取るしだったものー」

「そもそも妖怪がお金を稼いでどうする気なのかしら?」

 呆れたようにリグルが顎に手をやる。橙がピクピクと耳を動かした。

「きっと貯めるためにいろんなことをするのが楽しいのよ。詐欺とか」

 そして得意気に指をピンと立てた。誰かに何かを教えることが嬉しいようだ。

「ウサギ鍋が食べたかったな〜」

 ルーミアが残念そうに言って、口元に垂れた涎を拭いた。

「ああもう! ルーミアったら!」

 見るに見かね、リグルが涎でベトベトになったルーミアの手の甲をハンカチで拭ってやる。

「ルーミアったら。さっきからそれっばかりー」

その二人の姿に橙が笑った。しかしルーミアが気にした様子はない。

「私はお腹一杯ご飯が食べられればそれでいいの〜。みすちー、今日は屋台は出さないの〜」

リグルに唾を拭いてもらうと、ルーミアはミスティアの背中に抱きついた。

「今日は忙しいから屋台は休業なのよー」

「そういえばミスティア、今日は歌うんだって?」

 ルーミアを背に乗せてフラフラと飛ぶミスティアに、リグルが何かを思い出したように尋ねた。

「そうよー、騒霊三姉妹にお願いされたのー」

「そーなのかー」

ミスティアがルーミアの手を取り、踊るようにクルクル回って妙な抑揚で答えた。まるでミュージカルでもしているようだ。

 その時、百鬼夜行の進行方向から一際騒々しい歓声が巻き起こった。その雑音の中を三つの澄んだ音が掻い潜り、四人の体を心地好く揺さ振る。プリ ズムリバーの三姉妹が、演奏の準備を始めたようだった。気の早い妖怪たちはすでに好き放題に踊ったり、歌ったりし始めている。

 その音に心騒がされているのは、百鬼夜行の空を飛ぶ四人も例外ではない。ルーミアや橙、ミスティアはいうに及ばず、いつもは比較的大人しいリグルでさえもソワソワとし始める。

 ウキウキした表情で、橙がリグルの肩を叩いた。

「演奏、そろそろ始まりそうだね」

 満面の笑みでリグルも頷く。

「そのようだ。それじゃ、私たちも行こうか。ミスティアも準備があるでしょうし。ほら、ルーミア! 行くよー」

 クルクルと回って息の合ったポーズを決る二人の肩を、リグルが急かすように手を叩いた。このまま放っておくといつまでも踊っていそうだったからだ。

「え〜、先に何か食べて行こうよ〜」

 ルーミアがリグルに飛びついて、甘えるように頬ずりするが、リグルはすぐに引き剥がした。

「駄目。アンタはすぐ食べるのに夢中になるからダメ」

 断固としてそう言うと、ルーミアの手を引っ張って音のする方に向かう。

いつのまにか、辺りに響く音は段々とその秩序を整えていく。そろそろ奏者たちの調子が出てきたようだ。その様子からすると、本番の演奏まで後少し というところだろう。

「う〜、屋台〜」

 リグルに引きずられながらルーミアがあげる未練がましい悲鳴が、その精妙な旋律にアクセントをくわえた。

 そこに別の声が聞こえた。

「……あんたら、何やってんのよ?」

 博麗霊夢だった。寝癖でボサボサの髪に薄桃色の襦袢を羽織り、寝ぼけ眼を擦りながら突っ立っていた。どうやら百鬼夜行は神社の境内の裏まで来て いたようである。

「何って、百鬼夜行」

 さも当然と言う風に橙が答える。霊夢もそれで納得がいったようである。

「ああ、それで萃香の奴、イソイソト出かけてったってわけね。もうそんな時期か」

 そう言ってボサボサの頭をガリガリとかいた。

「ところで貴女は百鬼夜行に加われる人類?」

 何か期待するような顔でルーミアが霊夢に顔を寄せた。

「人類の時点で混じれないでしょうに」

 霊夢がその顔を鬱陶しそうに御幣で押しやる。

「いやー、霊夢なら大丈夫だよ。だって巫女だし」

 リグルがあっけらかんと言う。霊夢が苦笑する。

「私がでたら意味無いでしょうに、百鬼夜行なんだから。あんたらだけで楽しんで来なさいよ。……そうそう、人間、食べちゃ駄目だからね」

 最後にそう釘を押すのは忘れなかった。巫女の習い性とでもいうべきなのだろうか。

「私の仕事が増えるから」

否、不精ゆえというべきなのだろう。

その言葉に全員が素直に頷いた。誰も好き好んで巫女に痛い目をあわされたくはない。ましてや楽しい祭りの後など尚更だ。

「分かってるわー。お祭りの後に巫女に暴れられたら白けちゃうしねー」

 全員の心中を代表し、ミスティアが詠った。それに同意するように全員がコクコクと何度も頷く。

「ならいいのよ。ほら、さっさと混じってきなさい。取り残されるわよ」

 気のなさそうに霊夢が手を振った。少しだけすまなそうな顔をしている。妖怪たちのハレの日に、あまり無粋を言うものではないと思ったらしい。

 そんな霊夢の考えを察したわけではないのだろうが、四人は素直に頷いた。

「それじゃあねー、霊夢」

 橙が手を振った。

「霊夢、またねー」

 ルーミアが両手をブンブンと振った。

「霊夢、早く布団に戻んないと風邪ひくよ」

 リグルがそういい残して、先を行く三人の後を追いかけた。

 百鬼夜行。

それは妖怪たちの祭りである。しかし妖怪たちは知らない。自分たちの練り歩く端から、人の世に忘れられたものが、そして人の世にいられなくなった ものが、いつの間にか百鬼夜行に、妖怪の世にくわわっていることを。いや、百鬼夜行を先導する大妖怪たちならば、あるいはそんなことも考えているのか もしれない。

百鬼夜行が、人間の里から、あるいは外の世界から、妖怪たちを妖怪たちの世界へと導いているということを。在るべきものが在るべき場所に在るため に、百鬼夜行が行われているということを。

しかし人の目を気にせずにドンチャン騒ぎをしている妖怪たちの姿を見ると、そんなややこしいことなど建前で、実はただ騒ぎたいだけとしか思えないのである。

そして人間たちも、百鬼夜行を邪魔するようなことはない。たまには妖怪水入らずもいいだろうと、そう思っているようだ。

 だから霊夢も、今日ばかりは目の前の妖怪を群れをただ眺めているだけで、いつものように問答無用で退治しようとはしなかった。あるいは単に眠か ったためかもしれない。

 霊夢が大欠伸をした。

 その欠伸にでも呼ばれたのか、空に一筋、長く尾を引き、百鬼夜行の先頭めがけて煌くものが走った。

流れ星だった。それを見て霊夢が呆れて溜息をついた。

「……全く。無粋な箒星ね」

 落ちてきた流れ星に、妖怪たちの歓声があがる。思わぬ闖入者に騒然とする百鬼夜行を見ながら、霊夢は寝癖のついた頭を面倒臭そうにボリボリとか き、また大きな欠伸をした。

「……寝なおすか」

 ややあってそう言うと、霊夢は軽妙な旋律が響き渡り、色とりどりの弾幕が飛び交い、より一層賑やかさを増した百鬼夜行に背を向けた。

あとがき

オイッス! ノシ 石鹸屋のEX妖魔疾走を聞いてたら、何かこんなのを思いついたんだぜ! ノシ だから割と思いつくままに書いたら、いつも以上にオチがつかなかったんだぜ! ノシ 因みにこの喋り方は一時的なものなんだぜ! ノシ

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