「いやあ、今日もいい天気だなあ」
「全く、『いい天気だなあ』じゃないわよ。人が掃除してる時に押しかけて来たくせに」
「違うだろ。掃除を『サボってる』時に、だろ?」
「魔理沙、知らないの? 程よい休憩を入れると、仕事が進むのよ」
「霊夢こそ知らないのか? それを言う奴は、みんな仕事をするのが遅いんだ」
今日の幻想郷の空は雲一つない快晴。ポカポカと暖かい陽気は暑すぎず寒すぎず、実に過ごしやすい日和である。
そんな春めいた博麗神社の境内の軒先に、いつものように二人の少女が腰掛けていた。博麗神社の巫女である博麗霊夢と、魔法使いの霧雨魔理沙である。
二人の間には急須が一つ、濃い目に入れられた緑茶で満ちた湯呑が二つ、そして茶請の煎餅が置かれている。
例によって例の如く博麗神社の巫女が掃除をサボって日向ぼっこをしていると、これまたいつものように、
この日の陽気では少々暑いのではないかと思えるいつもの格好で魔法使いがやって来たのだ。
「そういや、魔理沙。もうほとぼりが冷めたの?」
二人して熱い緑茶をすすりながら緩んだ顔で青い空を見上げていたのだが、ふと思い出したように霊夢が魔理沙に尋ねた。「あん? 何の話だ?」
それを聞いて魔理沙は怪訝そうにボリボリと頭をかく。「え? 捕まってたんじゃないの?」
魔理沙の様子に、今度は尋ねた霊夢が訝しげな顔をする。「だから誰が、誰に捕まったって?」
「だからあんたが、アリスによ」
「あ〜? なんで私がアリスに捕まんなきゃなんないんだよ?」
「何言ってんのよ。いつも捕まるようなことしてるじゃない」
「だからあれは借りてるだけだって言ってるだろ?」
いまいち話の噛合わず、二人して首を傾げる。そもそも魔理沙の『副業』と、霊夢が尋ねていることが混ざってしまっているから、余計にややこしいことになっているのである。
それに先に気づいたのは霊夢である。それとも魔理沙は気づいていながらとぼけていたのかもしれないが。
「ああもう! 面倒くさいわね! だからアンタがいつもみたくアリスんとこに泥棒に入って、そこでネズミ捕り用の人形に捕まったって、新聞に書いてあったのよ!」
「何!? そうだったのか!? それは初耳だぜ。……で、捕まった私が何でここにいるんだ?」
「そんなこと私が知るはずないでしょ! だからアンタに尋ねてるんだから」
「む、確かにその通り」
何故か自分で自分が捕まった理由を真剣に考え始めた魔理沙に呆れて、霊夢は空になった急須を持って襖を開けて座敷の奥へと引っ込んだ。
ポカポカとした陽気は人の思考も温かくするのか、魔理沙は霊夢がいなくなったことにも気がつく様子もなく、
云々唸りながら何時、どのようにして七色の人形遣いと呼ばれる少女に捕まったか、腕を組んで考えていた。
しばらくして腕組みを解くと、ようやく腑に落ちたのか、独り言にしては妙にはっきりと、宣言するように言った。
「うん。幾ら考えても私がアリスに捕まるようなヘマをするはずないしな。そもそも最近はアリスんちにも行ってないし」
丁度そこで座敷の開く音がして、霊夢が急須と小脇に何やら紙の束を抱えて入ってきた。魔理沙のやけにハッキリした独り言が聞こえたのか、呆れたように顔を顰める。
「……あんた、まだそんなこと考えてたの? もしかして昨日の晩に食べたものも思い出せない口じゃないでしょうね?」
「おお! 霊夢じゃないか! またまた仕事をサボるのに忙しそうだな!」
元気良く惚ける魔理沙の空の湯呑に入れてきたお茶を注ぎ、それから霊夢は煎餅を頬張る魔法使いに持ってきた紙の束を突き出した。
魔理沙は手に持っていた煎餅を一気に口に放り込むんでボリボリと良い音を鳴らしながら、突き出された紙束を受け取る。
それは新聞だった。四つ折りにされたその新聞には、『文文。新聞』と名前が書いてある。
「ん? ……何だ、インチキ新聞じゃないか。これがどうした?」
「黙って読んでみなさいよ」
「へえへえ。分かりましたよ。え〜、何々……」
魔理沙は既に読んでいる霊夢に聞かせるように、わざわざ声に出して読み始めた。それも何故か抑揚をつけない声で。
「『大泥棒、終に年貢の納め時!?
○月○日、長年に渡り幻想郷に住まう好事家達を恐怖に怯えあがらせていた窃盗犯、霧雨魔理沙(人間)が終に捕まったとの証言が本紙記者に届いた。
その証言によると○月○日未明、魔法の森在住の人形職人アリス・マーガトロイドさん(魔法使い)邸で事件は起こった。前日までの人形作成により酷く疲れていたアリスさんは、
事件前日の夜十時にはベットに入って眠っていたのだが、日付の変わった夜半過ぎに邸内の警備用の人形によって目を覚ました。
アリスさんが警備人形が不審者を捕縛した現場まで行った所、そこには霧雨容疑者がネズミ捕り用に作られた小型の人形に手を挟まれていたのである。
証言によると次のように続く。長年霧雨容疑者の被害に苦しめられてきたアリスさんは、霧雨容疑者に「制裁」と称して魔法と魔法薬により意識を奪い、
自分の人形コレクションに加えたとのこと。この証言が本当であるならば、これは由々しき事態である。
たとえ重罪人とはいえ一定の手続きを経ることも無く、一個人が罪人を裁いて良いはずはない。
また魔理沙容疑者は人間、加えてアリスさんは妖怪であることから、人間と妖怪の関係悪化が懸念される。
同紙記者はこの証言が事実であるかを確認するためにアリスさんに直接インタビューを試みた。しかしアリスさんはこの証言に対して明確な発言を避け、
終始曖昧な態度を取り続けたことから、この証言が少なからず真実を秘めているものと考えられる。
本紙記者は引き続きアリスさんから真実を明らかにすると共に、この事件の真相解明に尽力していきたいと思う。また新たな事実が判明次第引き続き本紙にて特集を組みたいと思う。
(射命丸 文)』」
魔理沙は読み上げると、熱いお茶を一口含んで喉を湿らせた。そうして新聞をパンパンと片手で叩く。
「む。怪しからん内容だな。名誉毀損 で訴えやる」
「誰に訴えるって言うの」
こめかみを押さえて言う霊夢に、ぽかんと口を開けて青空を見上げる魔理沙。もしかしたら空に答えでも書かれているのかもしれない。
「そうだな。……閻魔様とか」
「そんなことしたらあんたが裁かれて即地獄行きよ。そもそも何処が名誉毀損なもんですか。いつもの魔理沙がやってることじゃない」
「だから私が捕まるって下り、だ。私は捕まるようなヘマはしない」
「だから捕まるようなことをする時点でダメなのよ、普通は」
「だってほら、私は魔法使いだから」
やっぱりぽかんと口を開けて答える魔理沙。呆れを通り越して言葉も無い霊夢は、ワザとらしく音を立ててお茶を啜った。
そんな霊夢の無言の意思表示もなんのその、魔理沙は一人で盛り上がる。新聞紙を丸めると蟲でもいるのか、縁側を叩いた。
「くそう。抗議してやる。これを書いた新聞記者は何処だ?」
「さあ? いっつもそこら辺を飛んでるけどねえ。探しに行っても多分見つからないわよ。あいつ速いから。烏天狗だし」
そう言って霊夢は空に線を引くように右から左に人差し指を引いた。魔理沙も猫のように指の動きを視線で追う。
「じゃあどうすんだ? 私のこの気持ちは一体何処にぶつければいいんだ?」
そう言って魔理沙は豪快に煎餅を齧る。バリボリと子気味の良い音がした。
「飲み込んで腹にでも収めれば?」
ズズッとお茶を啜って、霊夢は横目で魔理沙を見る。どうせ大人しく引き下がる気はないだろうといわんばかりにである。
「それじゃあ苦々しくてお腹を下しちまうぜ。モヤモヤした気分は、責任者にぶつけてスッキリしないとな。言いたいことを言いたい奴に言わないと、精神衛生上良くない」
「じゃあ、本人を呼べばいいじゃない?」
バリバリと煎餅の欠片を飛ばしながら息巻く魔理沙に、霊夢は残り少なくなった煎餅を自分の方に引き寄せながら言った。
霊夢が自分の分を確保したのを物欲しげな目で追いかけながら、温くなったお茶で煎餅を流し込んで魔理沙が尋ねる。
「呼ぶってどうやってだ? アイツ、居て欲しくない時と宴会の時には居て、居て欲しい時は居ないからな。まあ、居て欲しい時なんてないんだが」
「カラスに餌でもやってればそのうち来るでしょ」
といって霊夢は自分の分の煎餅を半分に割ると、片一方を自分でくわえ、もう一方をさらに細かく砕いて境内から石畳に撒いた。
神社の屋根や鳥居に止まっていた数匹の烏が、撒いた餌に釣られて集まってくる。集まる烏たちを見ながら魔理沙が、「暢気な奴め」と言って頭をかく。
「やれやれ。魚釣ならぬカラス釣か。本当に煎餅なんかでやってくるのかね?」
「やってみなきゃわかんないでしょ? それとも魔理沙には他に名案があるのかしら?」
「口笛でも吹いてみるか?」
「それは絶対、来ないわよ」
苦笑いをして、霊夢は半分になった煎餅を齧る。霊夢に習って魔理沙も食べ欠け同然の煎餅の欠片を砕いて、足元にばら撒いて、手を打って拍子を取る。
「とーとっとっとっとっと」
「それはカラスじゃなくて鳩でしょう」
霊夢は言うが、魔理沙が気にした様子もなく、何故か拍手を打った。
「なーに。カラスも鳩も似たようなもんだ。どっちも鳥だしな」
「鳩がどうかしましたか?」
一瞬、二人の頭上が翳ったかと思うと「パシャリ」と乾いた音がして話題の当人、「文文。新聞」記者、射命丸文が自慢のカメラを片手にゆっくりと降りてきた。
魔理沙が烏天狗の少女を指差して言う。
「ほら、来たじゃないか」
「もう、勝手に写真とらないでって言ってるでしょ!」
魔理沙の言葉を無視して霊夢が文に向かって怒鳴るが、当の本人は涼しい顔している。
「これも取材活動の一環ですから。それにこんな写真は記事になりませんよ。貴女のサボっている姿は当たり前すぎて記事になりませんから」
「何言ってるのよ。巫女は暇な方が平和でいいのよ」
「平和なら平和で、境内の掃除でもやれよ」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもの、それも幻想郷の中でも取分け騒々しいことで有名な人間と妖怪である。あっという間に境内が賑々しくなる。
「で、お二人とも何を話していたんですか? 是非ともお伺いしたいものです。貴女方のやることなすこと、一々記事になる可能性がありますから」
「そう! 記事! 記事だよ! おいこらインチキ新聞記者! これはどういうことだ!」
霊夢の隣においてある煎餅に手をつけようとしてペシリとその手を弾かれた文がスゴスゴと引き下がっているのを見計らい、
横から霊夢の煎餅を奪ってパリパリ鳴らしていた魔理沙が弾かれたように声をあげる。思わず齧っていた煎餅を文に向かって挑戦的に突きつける。
「それは漁夫の利で得た煎餅です」
「違うよ! この記事だよ!」
魔理沙が煎餅を持つ手と反対の手に握った新聞を文の前に突きつけて言う。文は自分で勝手に撒いている新聞を見て嬉しそうに微笑んだ。
新聞が話題にされるのは満更ではないらしい。それが内容の如何にかかわらず。
「ああ、これはこれはご購読ありがとうございます。できれば感想なんかを頂けると嬉しいのですが」
「だったら感想を教えてやる、この三流記者め! 何だこの記事は! デタラメばかりじゃないか!」
両手に煎餅と新聞を握って頭の上でブンブンと振り回す魔理沙の剣幕を、霊夢は呆れたような目で見ながら、その前でフヨフヨ浮いている文に向かって手招きした。
「何か話がややこしくて長くなりそうだからあんたも座ったら。今お茶を入れてきてあげる」
「やや、これはすいません。ではお言葉に甘えさせていただきます」
「そんなことより記事だよ! 何で私がアリスなんかに捕まってることになってんだ! しかも何だ! これじゃあ私がアリスのお人形になってるみたいじゃないか!」
それを聞くと文も「そうそう」と慌てて腰に下げている、手帳にしては少々大きく、意外ときちんと装丁された帳面を構えた。
「文文。新聞」に掲載される記事のネタを集めた、文が「文化帖」と呼んでいる手帖である。
文化帖を開くと、天狗のイメージからはちょっと想像できないような、丸っこい可愛い文字でびっしりと埋め尽くされているページの、僅かに開いている空間に素早く鉛筆の先を当てる。
「そうそう、そうですよ。私もあなたに聞きたかったんです。どうしてネズミ捕り用の人形に手を挟まれてたんです?」
「だから私は捕まってないんだって! なんで私がアリスの家で捕まんなきゃなんないんだよ」
そんな魔理沙にしては当然の疑問にも、そもそも魔理沙の「当然」が既に「当然」ではないことを理解している人間や妖怪には、
どうしてそこまで自信満々なのかが不思議でならない。だから言う。
「そりゃ自業自得でしょう」
さらりと文が言う。
「因果応報ってやつよ」
襖を開けて霊夢が事も無げに言った。
「お前らなあ! そもそも今頃私に事実確認している時点で、この記事の取材ができていないだろ! 関係者の証言を集めてないのに記事にしている時点で、お前は記者失格だ!」
やっと正常に思考が動き出したのか、魔理沙がもっともなことを言う。しかしそれぐらいで論破される文ではない。
そもそも論理が正しいかどうかなど、幻想郷ではそれほど重要ではないし、「文文。新聞」にしてもそうである。面白いかどうかという問題よりは、それほど重要な問題ではないのだ。
その時点でどうかしているとは思うのは、この二人の話の輪から外れて煎餅を齧る霊夢の内心である。
「記者失格とは失礼ですね。ちゃんと記事にも書いてあるでしょう。『鋭意調査中。追加情報があり次第記事にしたい』って。つまりこれは追加情報になるのです」
「ちょっと待て。じゃあ私が捕まったってのは、既に事実になっちまってるじゃないか!」
「だって実際捕まってたんでしょう? じゃあ話ができませんし。私は人形とお話ができるほど達者でも、
色々と特殊な妖怪でもないもので。話ができなければコメントももらえないし、グズグズしていると記事としての情報の鮮度が落ちてしまいますから」
「そんなこと言って何年も前のネタを昨日今日記事にしてるじゃないか! まず最初の記事の情報の真偽を確認しろよ!」
「だってアリスさんに聞いても、あまり話したくなさそうでしたし」
「そりゃあんたにはあんまり話したくないでしょう。何書かれるか分かったもんじゃないし」
と、これは霊夢。
「じゃあ今私に聞けよ」
魔理沙が言うと、文が如何にも呆れたという風に言う。
「だってあなた嘘しか言わないじゃないですか」
「嘘しか書かない記者にだけは言われたくない!」
「嘘しか言わないところは否定しないのね」
霊夢が呆れたように溜息をついて煎餅を齧る。
「結局どっちもどっちなんじゃない。証言も嘘なら、書かれる記事も嘘。それならそれでいいじゃない」
言いながら霊夢は、二人を見ながら入れなおしたお茶を啜る。
「よくない! 私が嘘を吐くのはかまわないが、嘘の記事をでっち上げられたくない!」
「よくありません! 私が書く記事が嘘だと思われるのは心外です。記者の名誉に関わります! ……まあ、証言者が嘘を吐くのはいつものことで仕方ないですが」
魔理沙が握った新聞を、文がお茶を飲み終わった空の湯呑を、同時に廊下に「ダンッ」と威勢の良い音を立てて置いた。
両者とも自分は正しいと主張したいようである。相手はどうでも良いけれど、というわけである。
「何だか今日は魔理沙が二人いるみたいね。妙に疲れるわ」
霊夢が二人に聞こえないように呟いて、呆れて溜息をまた吐いた。
「ようし、記事を書き換えるのが嫌ならその嘘っぱちの証言した奴を教えろ。そいつに私が無罪だって証言させてやる!」
「それ、意味無いんじゃない?」
ますます呆れて霊夢が言う。もちろんそんなことを気にする魔理沙ではない。
「意味は無いかもしれないが、私の気は晴れる!」
胸を張って答える。何故そんなに堂々としていられるのか、不思議なくらいである。 これに文は語気強く答えた。
「情報源は教えられません! 記者として当然です! たとえ誰かに教えるとしてもあなたにだけには教えません!」
「じゃあ私じゃなけりゃ誰に教える?」
と魔理沙が言うと、文はしばらく考え込んでから、
「前言を撤回します。たとえ話でも誰にも教えません!」
答えた。余程どうしようもない面子が頭を過ぎったらしい。
「嘘つけ! 天狗仲間じゃ情報の交換してるって、前におまえから聞いたぞ! な!? 霊夢!?」
と、我関せずというように烏に煎餅をやっていた巫女のほうを振り返った。霊夢はどうでもいいことを思い出すような、心底面倒くさそうな顔をする。
そろそろ境内の掃除でもしたくなってきたのかもしれない。霊夢にしては恐ろしく珍しいことであるが。
「そこで私に振るの? ……う〜ん確かに前に聞いた事があるような、ないような……」
それを聞くと魔理沙は鬼の首を取ったかのように、にやりと笑った。
幻想郷に鬼は一人しかいないのだが、彼女ならうまい酒とつまみを持って行けばいつでも首ぐらい貸してくれそうである。
「ほらみろ! 博麗の巫女だってこう言ってるんだぜ! 仲間内に教えることはできて、なんで私に教えられないんだよ!」
文は呆れたように手で顔を覆うと、「そんなの当たり前でしょう」と前置きして、
「天狗仲間に教えるのは、取材の時とかに協力体制が組めるからですよ。
天狗の速さでもっても、流石に全部のネタを同時に取材できるわけじゃないですから。あと他の天狗との情報交換できるからという理由もあります」
と、言った。
それを聞いて魔理沙が再び笑う。文は嫌な予感を感じ、霊夢は面倒くさいことになりそうな予感を感じていた。あと、こんなことならサボらずに掃除しておけばよかったとも、感じていた。
「なるほど、なるほどね。じゃあ私も取材に付合うぜ。それなら私も記者仲間だ。それならいいだろ?」
何となく予感していたことが的中して、文は溜息を吐いた。そして怒る気すらその吐息と一緒に抜けていったように、疲れたように魔理沙に言う。
「だってあなた、記者って何するのか分かってるんですか? 取材っていうのは、問答無用で魔法を炸裂させることじゃないんですよ?」
それに魔理沙、またしても無駄に胸を張って答える。
「まかせろ。潜入取材は大の得意だ」
魔理沙を知るものならそれが決して威張って言える内容ではないことはすぐに分かる。
「それは空き巣っていうのよ」
物憂げに霊夢が言う。
「もしくは窃盗。下手すると魔法をぶちまけるんですから、性質の悪い押し込み強盗と変わりませんよ」
文も大仰に両肩を落として見せた。それから文は「一応、聞いておきますけど」と言って、
「あなたとの共同取材、嫌だと言ったらどうします?」
と、続けた。どうせ答えは分かっている、とでも言いたげである。一縷の望みにすがりたかったのかもしれない。だが一縷の望みは、所詮「一縷」なのである。
そんあ文の内心を知らぬ魔理沙は、さも当然というようにさらりと言う。
「それなら後からこっそりついていく。私が勝手に後をつけるのを、よもやダメとは言うまい?」
それからしばらく聞こえる音は霊夢が煎餅を齧る音だけになった。境内で煎餅の欠片をつついていた烏たちも、いつの間にか姿を消している。
文はしばらく腕を組んで考えていた。駄目だと言いたいところだが、言ったところで効果がないことを嫌と言うほど理解している、けれどできれば断りたい。
そんな葛藤が霊夢にはありありと見て取れた。魔理沙には見て取れなかった。というよりそもそも興味がなかった。
「……わかった、わかりましたよ。あなたにも取材に協力してもらいます。けれど、くれぐれも邪魔だけはしないでくださいよ?
つまらないからといって訪問先で泥棒とかしないでくださいよ?」
「まかせとけ。前代未聞の大スクープを記事にさせてやるぜ!」
「……ほんと、大惨事にならなきゃいいんだけど」
渋々ながら折れた文を不憫そうに見ながら、霊夢は急須やら湯呑やらを盆に載せて片付けを始める。そろそろ掃除の続きでも始めようというところなのだろう。
そんな呆れ気味の二人の気配もなんのその、魔理沙は一人で怪気炎を揚げる。乗ってきた箒を片手に今にも飛び出していってしまいそうな勢いである。
「よし! そうとなったら早速取材だ! まずはアリスだな。あいつめ、私を捕まえやがって! とっちめてやる!」
「……それは取材といいません。それじゃあお礼参りですよ」
「……しかもアンタ、ほんとは捕まってなかったんでしょ」
文は自分の前途に多難が待ち受けているのが間違いないことを知って重い溜息を吐き、急須などを片付けて戻ってきた霊夢は呆れたように言った。
もちろん魔理沙がそんな細かいことを気にするはずもなく、怪気炎は吹き上げ続けられるのである。
「ほら、もたもたするな、ブンヤと巫女! でかいネタは待ってくれないんだぜ!」
「ちょっとちょっと! 私は行かないわよ。境内の掃除もまだだし、行くんなら二人で行ってきなさいよね!」
片手で箒、片手で霊夢の腕を取り、魔理沙は文を急き立てる。文がジタバタと逃げようとする霊夢のもう一方の腕をとって逃がさないようにした。
「何言ってるんです。ここまで来て逃げようたって、そうは問屋は下ろしませんよ! 一蓮托生です!
魔理沙さんの暴走を抑えられるのはあなたぐらいなもんなんですから、言うまでもなく博麗の巫女であるあなたにも御出動願いますよ。
それに私だけ貧乏くじを引くのは絶対に嫌です!」
二人に抱えられながら霊夢はイヤイヤと首を振る。駄々っ子のようであるが、我を通しているのは腕を押さえる二人も同じなわけである。
「だ〜か〜ら〜! 私は境内の掃除があるんだってば〜!」
『どうせサボるんだからいいの!』
魔理沙と文の声が唱和した。それを聞いて霊夢は溜息を吐き、二人に聞こえないように呟いた。
「……本当に魔理沙が二人いるわ……」
to be continued?