これは私たちのサークル「干狗」発行の同人誌「優美な死骸」に収録するために書かれながら、諸事情によりお蔵入りになったものです。そのため多くの点で「優美な死骸」収録の「八雲家の不思議なダンジョン」と類似する点があることを、ここに述べさせていただきます。
ブンブン・タイムス増刊号
文 アヤ・シャメーマル
皆様はご存知だろうか。幻想郷に彗星の如く現れ、三つの大クエストを攻略するや否や、再び彗星の如く消えていった彼女たちのことを。
彼女たちがもたらしたものは、人里の平穏だけではない。彼女たちは、互いに合い争うしかなかった私たちとモンスターたちの間の垣根すら、くだらないとばかりに取っ払っていった。その彼女たちの戦いぶりから、ハクレイテンプルの神官であり、紛争解決士・レームでもあるハクレイ女史を筆頭に、「スペルカードシステム」なる紛争解決手段を構築させえるに至った。
彼女たちが何者で、何を成す為にこの幻想郷に現れたのか、それは誰にも分からない。私たちはただ彼女たちの冒険の軌跡を辿ることしか、彼女たちのことに想いを馳せることしかできない。
そろそろ「彼女たち」では、いささか素気ない感じがしてきただろう。しかし彼女たちのことを呼ぼうにも自分たちで名乗りをあげなかった。そこで私は彼女たちのことを、シューティングスターズと呼ぼうと思う。彼女たち活躍は、正しく彗星と呼ぶに相応しいからだ。
少々前置きが長くなってしまった。そろそろ本題に入るとしよう。
これより記すは、幻想郷の歴史に新たな一ページを築くことになった英雄、彼女たちシューティングスターズの華やかな冒険の記録である。
「お題編」(著:ほす)
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風見幽香 様
ラミア蛇革のパンツ 防御力+10 カップ:D S度+40
ラミア蛇革のブラ 防御力+12 S度+17
腐海蟲ヘビケラの翅キャミソール 防御力+4 魅力+9 素早さ+4
鴆(ちん)(毒鳥)の卵殻膜ブラウス 防御力+4
猪婆竜革ベスト 防御力+50 力+8
猪婆竜革スカート 防御力+45 力+2
大女郎蜘蛛の革タイ 防御力+10 S度+14
ウスバカゲロウ(薄馬鹿下郎)の繭靴下 防御力+5 S度+18
蠍の革靴 防御力+15 S度+8
霊亀骨と大蝙蝠革の傘 防御力+60 優しさ+6 厳しさ+9
以上 十品 を納品させていただきます。
よろづ道具 香霖堂
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「座りなさい」
何故だろうか?
「そこに座すわりなさい!」
僕はこんなに頑張ったというのに。
「はぁ・・・これが、こう、自由にさせた貴方の・・・結果というか」
苛立ちを抑えるような、力任せでは意味がなく口で負かしたいという様子で。
「これが、そうなのね?」
風見幽香はご立腹のようだった。
「これが貴方にとっての私に似合う服なのね?」
何がまずかったのだろうか?
言われた通りに仕立てた彼女に似合う服。
しかし、ぱっと見ではいつもの服と変わらなく見える様に加工して仕立てたというのに。
彼女の衣類を一通り全部仕上げろと言うから頑張って仕立てたのだ。
ショーツとブラジャー。
キャミソールにブラウス。
ベストにスカート。
靴下とパンプス。
タイと日傘。
精魂籠めて妥協せず。
見た目だって前の服と同じに見えるようにと生地の染色もこだわった。
今、目の前にいる彼女は、以前と同じ服装に見える。
彼女はどうやら頭痛を堪えるのに忙しいようなので、僕の頭にも少々時間的余裕が生まれた。
何がいけないのか、事の起こりから思い出してようく考えてみるとしようか。
何せ大妖怪風見幽香の機嫌を目下損ねているのだから、ここは一つ走馬灯としゃれ込むのがこの僕の生き様というものではなかろうか?
そう、あれは二月ほど前の事だったな。
「こんにちは、香霖堂」
ふらりと現れた風見幽香がこう言ったのだ。
「私の服を仕立てて頂戴、身に着けるものを全部。下着から靴まで、ああ、そうそう。日傘もね」
「随分といきなりだね。一部でなくて丸々全部だなんて。株分けで分裂でもするのかい?」
実に奇妙な注文だと思ったものだ。
予備の服だとかはともかく日傘もだとは。
確かに弾幕ごっこのせいで服が損壊する事も間々あるだろう。
だが、ちょっと服が解れたとかなら一部を買い換えるだけの筈だ。
ベストが痛んだならベストを。
まあ、彼女の場合はベストとスカートがお揃いになっているようなので、例えばベストを買い換えるときにはスカートも買い換えそうだが。
「私は貴方と違って分裂なんて出来ないわ」
僕だって出来やしない、と思わず答えそうになって慌てて口を噤んだ。
出来ないなどと答えたら、じゃあ試してみましょうか、と返されるに決まっているのだ。
にこにこ笑うあの顔の目は、きっと獲物が罠に掛かるのを待っている。
「しかし何でまた丸々注文なんだい?」
「弾幕ごっこのせいよ。お陰で人間を追い払うのも簡単になったけど、その分気軽に勝負を挑まれてる気がするわ」
その人間とやらに大いに心当たりがある。
「服も簡単に傷んでしまうもの。ここらで予備を丸ごと作って、予備がなくなったらその度に補充していこうと思ったのよ」
「なるほど、合理的だね」
プライドの高い彼女の事だ、自分の力に耐え切れなかったとか言う話ならともかく、ダメージを受けるから予備を用意しておくと言う考え自体屈辱的なはずだ。
笑っていても機嫌は悪いと見て間違いないだろう。
む?
となると、彼女の服の予備を仕立てるたびに、機嫌の悪い風見幽香に付き合わなくちゃ行けないのか?
荒事の苦手なこの僕が?
冗談ではない。
まるで千夜一夜の王様ではないか。
いや、更にたちが悪い。
なにせ海千山千の大妖怪、面白い話程度で誤魔化されてくれはしないだろう。
千一夜目に一夜目と同じ話をしたら「たかが千夜前の話も忘れているほど私の頭は悪いと言いたいのかしら」とかいって殺されかなない。
「香霖堂?」
「えっ、ああ、なんだい?」
いけない、状況を読むあまり、少々上の空になってしまった。
「そういうことだから、宜しく頼むわね」
「わ、分かった。僕の技術の粋を集めて作り上げて見せよう」
「出来上がったら呼んで頂戴。ただし私が痺れを切らさないうちにね」
そういって風見幽香は店から出て行った。
「作り上げて見せないとな僕の技術の粋を集めて、彼女がこれ以上予備を仕立てなくて済むような、そんな装備一式を」
そうと決まれば早速構想を練らないと。
材料調達は魔理沙にも手伝わせよう。
きっと責任の一端位はあの子にもあるはずだ。
「風見幽香の嗜好にぴったりで、彼女のプライドを満たす、頑丈な逸品を!」
「お題編」了
そんな訳で、取り急ぎ幽香にピッタリなファッションの構想をまとめると、必要な材料を調達する人員確保のため迷いの森の奥、霧雨邸へと足を向けた。
「おお、香霖か! お前さんが自分の足で外をうろつくなんて、これは幻想郷崩壊の兆しか何かかな?」
ドアの前に立つ私を見て、霧雨魔理沙はドアノブを握ったまま驚いていたが、すぐにひょうげて見せた。
「僕をネズミか何かと勘違いしないで欲しいね」
ワザと憮然とした表情を作ってそう言う。勿論魔理沙がそんなことでしょ気たり、謝ったりするはずもない。
「おお、悪い悪い。ま、とりあえずそんな所に突っ立ってないで、中に入れよ。話はそれからだな」
歯を見せて愉快そうに笑うと僕を招き入れた。
魔理沙の家の中は相変わらずだった。どうやら私が通されたのは客間らしいのだが、あちこちに魔導書の山があり、そちこちに不思議な色のキノコが
放り出されていた。窓際に寄せられた大型でしっかりした造りの、およそ客間には不似合いな机の上には、大仰な実験器具やら意味ありげ液体やら薬包紙や
ら一式が揃えられていた。
「すまんねぇ。ここのところ新しい魔法にかかりっきりなってて、ろくすっぽ掃除もしてないんだわ。ああ、適当にその辺の椅子に座っとくれ」
そう言いながら、居間の中央に据えられた来客用のティーテーブルの上から、古色蒼然たる本の山を持ち上げて、適当にその辺りの床に置いた。埃が
盛大に舞ったが、当の本人はゲホゲホとむせても全く気にした風もない。紅魔館の魔女も喘息持ちだと聞くが、魔法を使う者というのは何処もこんな人種な
のだろうか。
しかし座れといわれても、何処に座れというのだろう。来客用らしき椅子も、部屋の隅に置かれたソファも、何処も同じように魔道書が山と積まれて
いるのだが。
困惑する僕に気がついたのか、足元の古書やら魔方陣らしきものを書き付けたメモやらを蹴飛ばしてティーセットを用意していた魔理沙が、ぽつねん
と立ち尽くす僕を哀れなものを見るように見た。
「何をしとるんだ、香霖。そこらにあるものなら適当に足元に置いてさっさと座れよ。ゲストが立ちっぱなしじゃ、ホストの私が落ち着かないんだよ」
何という自分勝手な言い草だろうか、そう思ったが、確かに立ちっぱなしで話をするというのもおかしな話である。僕は魔理沙の言葉に従って、ティ
ーテーブルと揃いの椅子を引き、その上に山積みされている魔導書を足元の本の山の上にそっと重ねて椅子に座った。
椅子に座る、それだけでもどこか気持ちに余裕が生まれるのであるから不思議なものである。辺りを見渡すとそんな気持ちも萎えてしまうのであるが、
この際現実は見なかったことにする。
「さてさて、で、出不精のお前さんがこの霧雨魔理沙さんに一体どんな用件があるっていうんだ?」
ガチャガチャと騒々しい音を立て、魔理沙が雑にティーセットを机に置いた。
僕は風見幽香の来訪から一通り話した。僕の話している間、魔理沙は特に嘴を挟むことなく黙って聞いていた。ただ相槌を打つよりも、時折ティーカ
ップ越しに覗く表情が、言葉以上に彼女の内心を雄弁に語っていた。
事の経緯を説明し終わると、僕は魔理沙の淹れてくれた紅茶で喉を潤した。少々駆け足での説明だったことと、喉にえぐみがあって仕方なかったのだ。
どうもこの部屋は来客には向いていないらしい。ただ意外なことに紅茶は美味しく、程よい苦味と柑橘類の微かな酸っぱさが爽やかなものだった。
「そんな面倒事に私を巻き込むな」
話を聞き終えると魔理沙は茶請のクッキーを一口齧り、きっぱりと言い切った。
僕が反論しようとするや、機先を制するように半分齧ったクッキーを僕の口に押し込んだ。クッキーも中々いけた。モグモグとクッキーを頬張る僕を
見ながら、魔理沙が心底嫌そうな顔をする。
「何が悲しくて面倒事が服着て歩いているような奴にさらに服を着せにゃあならんのだ。しかも明らかに変な着ぐるみもどきを持っていこうものなら、
問答無用で即襲ってくるような奴だぞ。そんな奴の相手を誰が好き好んでやるもんか」
そこまで一気に捲くし立てると、ズズッと盛大に音を立て紅茶を啜った。
確かに魔理沙の言いたいことは分かる。分かるが、だからと言ってここで「はいそうですか」と引き下がるわけにはいかないのである。引き下がろう
ものなら、その服を着た面倒事を相手するのが僕だけになってしまうのだ。ここで何とか魔理沙を説得しなければ、納品時の被害を一人で背負い込まなけれ
ばならない。二人いれば、もしかしたら二分の一に軽減できるかもしれないのだ。
幸いこの話は魔理沙の乗ってきそうな条件は揃えている。僕は伏せていた切り札を切るべく、クッキーを食べ終えゆっくりと紅茶を一口飲み、もった
いぶってティーテーブルに両肘を乗せて口元で手を組み合わせた。
演技臭い僕の挙動に、魔理沙がいぶかしげな顔をする。
「まあ、待ちなよ、魔理沙。そう焦ってこんな美味しい話を棒に振ることはない。引き受けるか否かは、もう少し僕の話を聞いてからでもいいじゃないか」
「これ以上何を話すっていうんだ?」
胡散臭そうに魔理沙が言う。だがそれでも僕が何を言い出すのか興味をそそられているのが、その瞳の色を見れば分かる。僕は魔理沙の問には答えず、
懐からメモ代わりに使っている帳面を取り出し、あるページを広げて机に広げた。
「……これは型紙か……しかしこれじゃカラクリ人形の設計図と言われても分からないぜ」
それを手に取り、ジッと見入っていた魔理沙が呆れて苦笑を浮かべた。魔理沙の感想は正しい。何せ完成イメージを描いたデッサンのあちこちに強度
計算をした数式とその結果が、余白を埋め尽くさんばかりに書き込まれているのだ。
「それぐらいしなければならないってことさ。これで僕が本気だってことが分かっただろう?」
僕は何でもないことのようにそう答えた。実際、それほど大したことではない。大したことをするのは、これからなのだ。
魔理沙が頷いた。しかし視線は件の「設計図」から片時も離れない。まるで幼子が買ってもらった新しい玩具でどんな風に遊ぼうかワクワクしながら
考え込んでいる、そんな表情だ。
「しかし推進力なんて計算しても、多分無駄だ。あいつ絶対に速く飛ぶつもりないから。チェックのスカートの裾は翻さないようにだとさ。……それよ
りも、香霖よ」
「何だい?」
予想以上の魔理沙の食いつきぶりに、僕はホクホクしていたのだが、魔理沙が「設計図」から一枚めくったページを指さしているのに気がつき、「終
に来た!」と思うと自然と浮かび上がろうとする笑みを苦労して押し殺した。
魔理沙の指が置かれている所には、先程の図解とは異なり、びっしりと文字だけで埋め尽くされていた。
「ここなんだがな、こりゃ何だ?」
その一つを読み上げながら、魔理沙が僕の表情を窺う。僕は至極真っ当な顔をして答える。
「まさか文字が読めないわけじゃないだろう。書いてある通りさ。ざいりょう、だね」
「私が聞きたいことはそういうことじゃないって分かってるだろ。もったいぶらずに教えろよ。ここに書かれている材料、こんなの本当に幻想郷にある
のか? 百歩千歩譲ってあるにしてもだ、こんな珍妙奇天烈なもの、一体何処から調達してくるつもりだ?」
魔理沙の指は、「材料」の二文字の上に乗っていた。その文字に続き、ほとんど幻想郷でも聞いた事も見たこともない――実際、僕も現物を見たこと
はなく、書物による知識だけなのだが――名前が続く。
ラミア、腐海蟲(ヘビケラ)、チン、猪婆竜、大女郎蜘蛛、ウスバカゲロウ(薄馬鹿下郎)、霊亀、大蝙蝠と、珍妙不可思議な名前がゾロゾロと並んで
いた。
不安そうな、というよりも呆れたような表情を浮かべる魔理沙に、僕はあっさりと頷く。
「ああ、それは問題ない。紫が手配してくれるそうだ」
それを聞いた瞬間に、魔理沙が百面相をする。口に含んだ紅茶が猛毒にでも変わってしまったかのように苦々しい顔になる。音を立てないようにティ
ーカップを置くと魔理沙が溜息を一つ吐き、頬杖を突いて私を見た。
「香霖よ。それは問題ないとはいわん。むしろ逆だ。問題しかない」
確かに魔理沙の言うとおり、あの八雲紫である。今回の顧客の風見幽香に負けず劣らず、否、胡散臭さだけなら幻想郷一と言っていい妖怪なのだ。本
来であれば魔理沙の反応が正しい。
しかし今回ばかりは勝手が違うのである。
「とはいえこれくらいしか方法はないからね。背に腹は変えられない」
そうなのだ。今回の材料調達は初めから紫の能力をあてにしている。それ故他に手立てがないのである。
肩をすくめて僕はあっさり答えた。魔理沙が表情を引き攣らせながら質問を続ける。
「いやな、それなら調達する品を変更するという選択肢はないのか?」
「ないね。何故なら、これが道具屋として僕が考えうる最高の品だからさ」
キッパリと言い切った僕に、魔理沙は盛大な溜息をついた。そしてそれ以上何を言っても無駄だと悟ったらしく、手持ち無沙汰に帳面をめくる。そこ
は先程の「設計図」が描かれた箇所である。
「……発言は文句のつけようもなく素晴らしいんだが、どうしてこう趣味には文句しかつけられないのか謎だ」
「何か言ったかい?」
「いいや、何も。で、紫の奴は一体何をどう手配してくれるんだ?」
魔理沙が何を呟いたかは聞こえなかったが、何とか魔理沙の興味を引くことには成功したらしい。積極的に質問してくる魔理沙に手応えを感じながら、
僕は紫の手筈を説明する。
「どうやら、その手のモンスターがウジャウジャしている、「別の幻想郷」へのスキマを開いてくれるとか言っていたな」
「どういう理屈だ、そりゃ? 「別の幻想郷」ってなんだ? 幻想郷は一つだろう?」
やはりそう思うだろう。僕もかの妖怪の賢者からこんなことを聞かされた時は、同じように感じた。
僕はおもむろに腕を組む。あの妖怪のこちらを嘲笑しているような薄笑いを脳裏に思い浮かべながら。
「うむ。それについては僕も紫からの受け売りなんだが、なんでも僕たちの住んでいる世界というのは、無限にある可能性の一つに過ぎないというらし
いんだ。で、その無限の可能性の中には、ここに記されているようなモンスターが跳梁跋扈している幻想郷も存在しているらしい。つまり紫はそんな凶悪な
化物がウジャウジャしている檻の中へ、僕らを突き落とそうとしているんだ。なんとも酷い話じゃないか」
私の説明に、魔理沙は分かったのか分からなかったのか、良く分からない表情で、格別僕の説明に興味を持った様子もなくポリポリとクッキーを齧っ
ている。
「よう分かったようなわからんような。いいさ、行けば嫌でも分かるだろう。それで、紫への見返りは? そこまでお膳立てしておいて、よもや只とは
言うまい?」
そしてクッキーを食べ終わるとニヤリと笑った。全く、形而上的問題よりも俗事に関して知恵が回る魔法使いというのもどうなのだろうか。それとも、
それゆえの「普通の」魔法使いなのだろうか。どうやら「普通の」は魔法使いにかかっているわけではないらしい。しかしだからこそ話は速くて済むともい
える。
「紫への報酬は後払いで、収穫の二割だ」
魔理沙が再び苦みばしった顔をする。恐らくこの条件を突きつけられた時の僕の表情は、丁度こんな感じだったのだろう。それでも最初三割と言われ
た所を、宥めすかして泣きついて、二割までまけてもらったのである。三より二は必ず少ないのが道理だ。
「結構キツイな。それ、坊主だったって誤魔化せないかな? ……何だよ、別に笑うことないだろぉ」
口元を押さえた私を見て、魔理沙が口を尖らせた。別に魔理沙の業突張りに笑ったわけではない。何もかもが僕と紫の交渉の再現だったために、思わ
ず笑いがこみ上げてきただけのことである。
そんな僕の心中を知る由もない魔理沙は、ムッとして僕を恨めし気に睨みつけた。僕は手を振って軽く謝る。
「いや、悪い。……はぁ、それははっきり念を押されたよ。そもそも0だと、帰るためのスキマを開かないからと言われた。いやいや大した商売人だよ、
彼女は」
否、実際そうなのだろう。彼女が商売でも始めようものなら、その唯一無二の能力を駆使してあらゆるところに需要を作り出し、あっという間に幻想
郷の独占企業になるだろう。恐るべきボーダレス企業である。
と、そんなくだらない妄想を逞しくしている僕を見ながら、魔理沙は肩をすくめた。
「そうなったらなったで、私はそっちに永住してしまっても何も問題ないがな」
「そうつれないことを言わないでくれよ」
投げやりな魔理沙の言に、僕は少々情けない声を上げる。彼女の場合、それが冗談で済まない場合があるからだ。そうなれば僕まであちらに永住せね
ばならない。店主たる者が店を放っておいてである。それは不味い。
とはいえ、魔理沙も今は本気でそんなことを考えているわけではないらしく、鹿爪らしい顔でトントンと「設計図」を指で叩いた。
「しかしそうだと、どれくらい釣果があればいい?」
その点も抜かりはない。僕は帳面をめくる。材料の次には、必要な量の試算がある。
「そうだね。ラミア一匹、腐海蟲(ヘビケラ)一匹、チンの卵30個、猪婆竜一匹、大女郎蜘蛛1/2匹、蠍百匹、霊亀3匹、大蝙蝠十匹……ってところだね」
「……おいおい。満貫全席でも作る気か?」
魔理沙が呆れ顔で言う。分かる。そう言いたくなる気持ちは痛いほど良く分かる。僕も試算の結果、否、試算をしている時から、次々に現れる途方も
ない数字に嫌気がさして、何度途中で止めてしまおうかと考えたことか。そして出た数字が正しいかどうか、何度検算したことか。おかげで何度もこの数字
を目にした僕には、ある種の覚悟が決っていた。
「仕方がないよ。結局これでも余裕がないくらいだ。ああ、因みに君への報酬は収穫高の1割でいいかな?」
僕は魔理沙が驚いている隙にソロリと報酬を持ち出す。この試算には魔理沙への報酬分も加味されている。おかげでこちらの言い値以上をふっかけら
れると、お互いの首を絞めることになる。ただ魔理沙には「僕の依頼を受けない」という選択肢が残されている分、この交渉は魔理沙の方が格段に分の良い
ものになっている。何せ足元を見ようと思えば、地を割るくらいのことを言い出しても、こちらは渋々受けざるをえないのだ。
とはいえここでビクビクして弱みを見せようものなら、魔理沙の良い様にされてしまう。僕は内心の不安を押し隠し、普段と変わりない風を装い魔理
沙の様子を窺う。魔理沙は僕の言葉に大した疑問を抱いた様子もない。というよりも既に心は報酬よりも、これから自分たちが旅立つであろう未開の地へと
馳せているようでもある。
「ここは正当に人数割りを主張したい所では在るが、それで手を打とう。その代わりお前のとこの蔵から、二、三、道具を持っていくが構わないな?」
「うっ! ……持っていく前に一応僕に許可を取ったのであれば、認めよう」
と、思ったのは僕だけのようだった。こちらの懐具合を見切って、ある所から獲物を掻っ攫おうという気らしい。こちらとしても有難いのだが、何か
釈然としないものが残る。が、それは目を瞑るしかあるまい。
「それくらいの条件は夕飯の後でも構わないぜ。これで商談成立だな。……しかしなぁ」
「何だい? まだ何かあるのかい?」
魔理沙にしては歯切れの悪い言葉に、僕が尋ねる。何か問題でもあるのだろうか、魔理沙はクッキーを手に取り、ポリポリと齧りながら何かを考えて
いる。
「いやな、にしてもこれじゃあパーティとして心もとないだろう?」
「どういうことだい?」
魔理沙が何が言いたいのか分からない。どうやらその悩みようから、今回の遠征についての中々の厄介な問題らしいということは分かる。
クッキーを紅茶で流し込み、ティーカップに御代わりを注ぎながら、魔理沙が言う。
「盗賊と商人の二人だけなんて、それこそモンスターに刈って下さいと首を差し出すようなものだぜ?」
成程。ようやく魔理沙の言わんとしていることが飲み込めた。どうやら凶悪なモンスターハントをするには戦力不足が否めないということらしい。し
かし荒事に馴れない僕には、何がどう足りないのかピンとこない。
「ということは後どの職業がいるだろう?」
「そうだな。どう考えても最前線で肉弾戦が出来る戦士タイプの職業と、魔法支援のできる魔術師系が必要だな」
荒事馴れした魔理沙の意見は一見的確に聞こえる。しかし先程から引っかかる所が一箇所。
「君が入れば魔法使いは事足りるだろう?」
そう、まるで自分を計算に入れていない、少なくとも魔法使いとして計算に入れていないのである。僕の疑問に、魔理沙が馬鹿にしたように鼻を鳴ら
し、大げさに肩をすくめる。
「何を言う。私は盗賊だぜ? 間違ってもらっちゃ困る。シーフレベル3、ソーサラーレベル1、みたいなもんだ。どっちもソフトレザーで相性いいし
な。それにシーフにとっちゃ、アンロックさえできれば十分」
「……あ、そうかい」
用は自分は魔法は片手間だと言いたいらしい。この部屋の散らかり様を説明した時の彼女の言葉を、もう一度彼女自身に聞かせてやりたいものである。
僕の心の中でのツッコミが声になることはなかった。魔理沙は既に一人で戦力の当てを検討しながら、ブツブツと独り言を言いながら自分の考えに没
頭していたからだ。
「戦士タイプでなおかつ手を貸してくれそうな所といえば、咲夜か妖夢か、もしくは萃香かねぇ。問題は魔法使いか……パチュリーはどうせ動かないだ
ろうから、アリスにでも頼むとするか。……よし、それでは香霖」
「何だい?」
相手されなかったのでクッキーに舌鼓を打っていた僕に、魔理沙が突然声をあげた。その声に驚いた僕を見て、魔理沙が呆れた顔をした。
「何だい、じゃない。そうとなれば善は急げだ。早速スカウトに行くぞ。まずはアリスの所からだ。ここからなら直ぐだから丁度良い。ほれ、ボヤボヤ
するな。いつまでクッキーを食べてるつもりだ」
何故ここまで言われるのか、そもそも茶請で持ってきたクッキーを一人頬張っていたのは魔理沙自身だというのに。そんな不服を口にしようとしたの
だが、不服が言葉になるよりも早く魔理沙が立ち上がると、辺りのガラクタを蹴散らし盛大に埃を巻き上げながら客間のドアへと一直線に進んでいく。
「お、おい! ちょっと待ってくれよ!」
僕は慌てて紅茶でクッキーを飲み下し、彼女の後を追う。玄関では彼女は愛用の帽子と箒を片手に何時もの格好で僕を待っていた。
「遅いぜ、香霖。それじゃ狩場に行っても美味しく頂かれるだけだ。狩りで一番重要なのは、スピードだよ」
そう威勢よく啖呵を切ると、魔理沙は玄関ドアを威勢良く開けた。
「ぎゃぶっ!?」
途端、何やら奇声がドアの外から聞こえた。僕と魔理沙が顔を見合わせ、恐る恐ると僅かな隙間から顔を覗かせて、一体何があったのか確認する。
そこには肩をプルプルと震わせ、顔を覆って蹲る少女の姿があった。
「おお、アリスじゃないか。丁度良い。今お前の所に行こうと思ってたところだったんだ」
「……その前に彼女に「大丈夫か」の一言ぐらいかけてあげた方がいいよ」
「おおっ! すっかり忘れてたぜ。大丈夫か、アリス!」
「大丈夫なわけないでしょうがぁ!」
すっ呆けた魔理沙の対応に、蹲っていた少女――今正に訪ねようとしていた当の本人、七色の人形遣いアリス・マーガトロイド――は、ガバッと勢い
良く立ち上がり、ドア越しに怒声を叩きつけた。鼻の頭を中心に結構な範囲が真赤になっている。大方、魔理沙が開けたドアで顔面を強打したのだろう。
しかし加害者である魔理沙は一向気にした様子もなく、僕の方を振り向くと歯を見せニカッと笑った。
「な、スピードが大事だということが分かっただろう」
再び埃臭い客間に三人で戻ってくると、僕と魔理沙が交互でアリスに先程の話を繰り返した。ただどちらからともなく、報酬の話だけは伏せた。
「ふぅん。アンタにしては珍しく面白い話ね」
説明を聞き終えると、アリスはまだ顔が痛むらしく鼻を擦りながら言った。
「私はいつも面白い話しかしないんだが……何だ、アリス。珍しく乗り気じゃないか?」
説得にもっと手こずると踏んでいたらしい。魔理沙がどこか気の抜けたような調子で尋ねた。アリスが一口紅茶をすする。ただティーカップを口に運
ぶだけなのに、魔理沙と違ってどこか優雅さが漂うのは何故だろう。
「そりゃ魔法使いとしちゃ別の可能性の幻想郷なんて、この目で見てみるまで信じるわけにはいかないでしょう。それにその幻想郷が本物でも偽者でも、
魔法の材料や話の種には困らなくなりそうだしね」
「だよなー」
珍しく意気投合している魔理沙とアリスを見ながら、私は先程食い損ねたクッキーをゆっくりと口に運びながら、楽しそうに笑う魔理沙と優雅に微笑
むアリスに尋ねた。
「誘っておいて恐縮なんだが、どうして魔法使いという人種は、こう好奇心旺盛なんだろうね」
私の問いに二人とも判で押したようにキョトンとした顔をして、それから顔を見合わせた。
「そりゃ魔法使いだからな」
「ま、その通りね」
魔理沙が答え、アリスが応じた。当たり前すぎてどうしてそんなことを尋ねるのかという二人の様子に、僕は小さく乾いた笑い声をあげる。
「全くもってありがたい限りだよ」
私が何に感心しているのか二人には分からないらしいのは表情で分かった。勿論、二人とも分からないことをしつこく考えるようなタイプではない。
「後はファイターか。妖夢か咲夜か萃香か……」
既に魔理沙の思考はもう一人の面子に向かっている。
「それなら最初に妖夢の所に行ってもらえない?」
魔理沙の独り言に、アリスが小さく手を上げた。
「何だ? 冥界に何か用か?」
魔理沙が尋ねると、頬を手を当てどこか憂鬱気にアリスが小さく溜息をついた。
「ええ、幽々子に頼まれてた人形の補修が終わったんでね、届けに行こうと思ってたんだけれど、どうも出歩くのが億劫だったのよねぇ。で、魔理沙に
お使いをお願いしようと思ってたんだけれど、丁度いいから用事を済ませてしまおうかなと」
「私をガキの使いにしようとは流石人形遣い。が……」
おっとりとふてぶてしい発言をするアリスに何故か寒心している魔理沙がニヤニヤ笑って僕の顔をじぃっと見詰めた。
「何処かの誰かと同じくらい出不精が此処にもいたな」
「馬鹿な。僕は店を空けるわけにはいかないから、出歩かない。僕が居なくて誰が客の相手をするんだい?」
そう主張するが、魔理沙は「嘘つけ。客なんてほとんどきやしないし、来てもまともに接客しないくせに」と言って笑った。
「それは君や霊夢が僕の店を溜まり場みたいにするからだろう」と言ってやろうとしたのだが、先にアリスに発言の機会をとられてしまった。
「二人とも、取り合えず出かけない? ここでこうしてるだけでも、私は出歩くのが億劫になってくるの。何せ店舗もちでもない、一介の出不精に人形
遣いだから」
そして僕たちに意地悪げに微笑んで見せるのだった。
物の本にある通り冥界は薄暗く、白玉楼の門前では話に聞く通り半人半幽霊の少女が箒を手にせっせと掃除に励んでいた。どこぞの巫女よりも勤勉な
気がする。
私はあまり面識はないのだが、魔理沙やアリスはよく冥界に出入りしているらしく妖夢に気さくに挨拶し、私と妖夢が互いの距離を測りながら神妙に
お辞儀を交わしている間に、サクサクと用向きを話し始めた。
突然押しかけて、しかも相手の事情などお構いなしの魔理沙の説明に、少々面食らいながらも、日頃から魔理沙のこの手の強引な勧誘には馴れている
のか、妖夢は特に文句も言わずに最後まで聞いた。聞き終わると、妖夢の眉間に深い皺が刻まれる。何もそこまで深刻にならずとも良いような気がする。
「しかし、そういうことでしたら幽々子様に許可を頂かないと……」
腕を組んだり解いたり、首を捻ったり傾げたり、傍目にも忙しげに悩み続けて、結局妖夢はそう答えるしかなかった。すまじきものは宮仕えである。
だがそれは仕える宮にも寄るのであろう。
「あら、私は全くかまわないわよぉ、妖夢?」
「幽々子様!?」
まるで背後霊の如く、唐突に妖夢の背から現れたのは、妖夢の主であり白玉楼の主でもある、西行寺幽々子だった。流石に私たちも驚いたが、一番驚
いていたのは彼女の従者の妖夢である。自分の主をそんなに怯えた眼差しで見るのは如何なものか。まるで幽霊を見た小さな子供である。否、この場合、幽
霊で正しいのだが。
そんな従者の視線にもめげず、というよりもそもそも気がついてるのか、幽々子はおっとりと微笑んで妖夢の肩にそっと手を添える。
「むしろ貴女たちにこの子を面白そうなその旅に連れて行って欲しいくらいよ?」
「それは一体どういうことでしょうか?」
「妖夢はもうちょっと世間を知る必要があります。一度も行ったことがない所なら、見聞を広めるチャンスじゃない。それに凶暴なモンスターが出るっ
ていうのなら、貴女の剣の修養にもなるでしょう」
主の笑みに妖夢は感動したらしい。ジッと幽々子の笑みを見詰めていたがゆっくりと深く息を吐いた。
「……は、はぁ。確かに、その通りですね。あの、幽々子様、しかし、本当にそれだけの理由で?」
闇の中に鬼を探すように、その表情が疑い深いものに変わった瞬間、幽々子の表情もパッと変わる。黒雲の隙間から一時のぞく黄金色の太陽の光のよ
うに、喜色を満面に称えたものになった。
「勿論! 変わった食材が手に入ったら、ちゃんと持ち帰って来てね。無益な殺生は駄目よ。ありがたく美味しく頂かなくちゃ!」
「……は、はぁ。畏まりました」
顔の横で両手を組んで、腰と一緒に振りながら、出発する前から帰りの土産を期待している幽々子に、「どうせそんなことだろうと思いました」と言
外に妖夢が語る。
そんな主従のやり取りを見ていた魔理沙が、ツツッと妖夢の側までやってくると、労うようにポンポンと肩を叩いた。何事かと振り返る妖夢に、魔理
沙は「何も言うな。全て分かっている」というサインのつもりか、何故かグッと親指を立てた。
「お前も大変だねぇ」
「そう思うのなら、私に振らないでくださいよぉ!」
泣き笑いの妖夢の言うことは、尤もだと思った。たとえその話の発端が私であれ、その発言が正しいものであることは揺ぎないだろう。