フォーエバー、シューティングスターズ(3)

「……ううっ……頭、痛い……」

 青白い顔をして魔理沙が呻いた。

「……馬鹿ね。昨日あんなに呑むからよ……」

 そう言うアリスの顔色も魔理沙と大して変わらない。声もややかすれている。

「そういうアリスだって宿酔いじゃないか……ううっ、胃がムカムカする……」

 僕の肩に手を置いて、体をくの字に折り曲げて胸を擦っている。

「全く、二人とも情けないですよ?」

 妖夢と僕はいつもと変わらない。僕は一人だけ部屋を別に取っておいたので、酔客たちが気がつかないようにそっと宴の席を抜け出して部屋に帰って
休んでいたからなのだが、妖夢はそうではなかったはずである。

 魔理沙が血走った目で恨みがましく妖夢を見上げた。

「……昨日はずっと私たちにつき合って呑んでたお前はどうしてそんなに元気なんだ? 納得いかん」

 そうなのだろう。朝起きて食堂に下りた僕が見たのは、肩から毛布をかけられて酔いつぶれているアリスと魔理沙と、その傍らで既に朝食を済ませて
お茶を飲んでいる妖夢の姿だった。恐らく夜を徹して飲み明かしていたのだろう。案の定二日酔に苦しむアリスと魔理沙に妖夢が付き合っていたとは到底思
えない。

 魔理沙を涼しげに見下ろして、妖夢は事も無げに言う。

「貴女たちとは鍛え方が違います。軟弱では剣士としても幽々子様の従者としても勤まりませんから」

「……お前と違って私たちは頭脳労働担当なんだよ」

「弾幕はパワーだと抜かしている奴のセリフとは思えないけれど、ここは同意しておくわ」

 魔理沙とアリスの弱々しげな反論に、僕と妖夢は溜息をつくのだった。

 そんな風にして立ち止まっている僕たちに、先を行く案内人が振り返った。そうして青白い顔の魔理沙とアリスを見て、妙に驚いた表情を浮かべる。

「おねーさんがた、そんな有様で大丈夫かい? 私はおねーさんがたが死体にならなきゃ潜らないよ?」

 鉱山ギルドから派遣された案内人――これもどうやら魔理沙とアリスは知っていたようだが――火焔猫燐、通称お燐と名乗った火車の少女は、足取り
も軽くゴツゴツとした岩肌の斜面を僕たちの所まで下りて来た。彼女の服装とて僕たちに輪をかけて山登りには不向きなフリルをあしらったロングスカート
なのだが、そんなことを意に介した様子もない。

 昨日、宴会が始まる前にミスティアに鉱山ギルドの依頼を受ける旨を伝えておくと、僕が朝食を食べ終わり妖夢と世間話に興じていると、鉱山ギルド
のエージェントを名乗ったお燐が現れたのである。

 僕以外の気配に酔っ払い二人も目を醒ましたのであるが、「頭が痛い」「気分が悪い」と呻いて動く屍のような有様では話を聞くなどということもま
まならず、結局僕と妖夢の二人でお燐の話を聞くことになった。

 依頼内容自体は至極簡単なもので、ようは鉱山ギルドが所有する山の坑道の一つが妖怪やモンスターやらの巣のようなものにぶつかってしまったらし
く、仕事にならないので妨げになるものを排除して欲しいというものである。そこで僕たちは酔っ払いの尻を叩いて、こんな人里離れた、険しい山道を登っ
ているのである。

「……任せろ。これでもプロだ。任された仕事は二日酔だってこなしてみせるさ」

 どうやっても虚勢にしかみえない笑みを浮かべて、魔理沙が啖呵を切ったが、お燐は疑わしげに首を傾げる。

「大丈夫ですよ。彼女が言うように我々もプロです。それに今回の主戦力は彼女ですから」

こんなところまできて依頼を反故にされたくないので、僕もフォローを入れておく。妖夢の肩に手を置いて、お燐の前に押し出した。妖夢が顔を引きつ
らせるほどその顔を疑わしげな視線でじぃっと穴が開くほど見つめると、一転顔をほころばせて頷いた。

「確かにこの方なら安心できますねー。……あっ、出来れば死体はきれいにしておいてもらえると助かります」

「……善処しましょう」

 ウィンク付きの予想外の注文にどう答えたものかとオロオロする妖夢に代わって、僕が答えた。趣味は人それぞれ、妖怪それぞれである。差別しては
いけない。

「ここが入り口です……って、皆さん? 大丈夫?」

「大丈夫です。お気になさらないで下さい。最悪、私一人いれば事足りますので」

 そんなこんなで坑道の入り口に辿り着いた時には、生ける屍が三体に増えていた。僕の代わりに妖夢が答えてくれたのは、非常に助かった。ただもう
少し糖衣に包んでもらえると嬉しかったのだが。

 酔っ払い二人と山登りで体力が底をつきかけている僕を見て、お燐の顔に不安が広がる。広がるがお燐もここまで来てしまっては、僕たちに事を任せ
るしかないと諦めたようで、妖夢の肩をしっかりと両手を置いた。

「くれっぐれもっ! お願いしますね。本当に貴女だけが頼りですっ! よろしくお願いします!」

「お任せ下さい。たとえ私一人になろうとも、この依頼、完遂して見せますので」

 そうきっぱり言い切った妖夢に、お燐は満足げに頷いて答えた。ありがとう妖夢。君のおかげで依頼者の心証を最悪にすることは避けられたようだ。
……だが、できればもう少しその刃の如き鋭さを持つ舌鋒を鞘に収めてくれると有難いのだが、と思わなくも無かった。

 山登りで疲労した僕たち(妖夢のぞく)は、坑道への入り口でしばし休憩した後、魑魅魍魎の巣と化したと言う地の底へと足を踏み入れた。坑道は僕
の頭よりもやや高く、横幅は二人が並んで歩けるほど。

「さて、隊列はどうする?」

 日の光が差し込まぬ穴の底を覗き込み、僕が魔理沙に尋ねた。僕と同じように坑道の奥に溜まる闇を睨み、魔理沙が顎に手を当てる。

「そうだな。先頭は危険察知と最前線で戦闘ができる私と妖夢だろうな。殿はアリスに頼もう。で、その間に足手まといの香霖だな」

 そう言って僕にニヤニヤ笑いを向ける。僕は何も言わず頷いた。相手をすれば付け上がる魔理沙を黙らせる、それがたった一つの冴えたやり方だ。案
の定、魔理沙は軽く肩をすくめただけで、それ以上何も言わなかった。

「さてと、それじゃあ紳士淑女の皆様。そろそろパーティ開場に赴くとしますか? あんまり主賓を待たせていると、帰る頃に日が暮れてしまうしな」

 そう言って先にたって坑道に潜ろうとする魔理沙の、アリスの手が制した。不思議そうにする魔理沙に、アリスが伸ばした指を複雑に動かした。その
動きに、アリスの傍らの人形の一体が、行動の奥へと飛んでいく。

「ちょっと待ってて。何も馬鹿正直に入っていく必要はないでしょう。アンタと地下に潜った時に作った通信用の人形を飛ばしたわ。これで出来る限り
中の状況を確認してからの方がいくらか安全よ」

「流石はアリス。抜け目ないですね」

「こういう小ずるい手はアリスの十八番だからな」

「小ずるいは余計よ。因みに人形の辿った経路と中の状況はここに表示されるわ」

 もう一体の人形の目から怪しげな光が発せられると、その光が合わさった所に何やら絵が浮かび上がる。それは坑道を進む人形が見ている風景のよう
である。

 姦しいやり取りの間も、アリスの放った人形は坑道を奥へ奥へと進んでいく。

「……何にもないですね」

「何にも無いということをこれ以上までに表現したものはないだろうな」

 妖夢と魔理沙の言うように、人形に視界にはお燐が言うような妖怪やモンスターの類は一つとして見られない。ただただむき出しの岩肌と、所々に打
ち捨てられたツルハシや猫車が見られるだけ。

「まだ奥かも知れない……っと、これのことかしら?」

 人形から送られてくる映像に目を凝らしていたアリスが、ある一点を指さした。

それは坑道の途中にあった。地震の影響だろうか、坑道の壁にポッカリと人が一人余裕で通れるような裂け目が出来ていた。

「どうやらそのようだ。この切れ目の奥へは?」

「もうやってるわ、香霖堂さん」

 僕が尋ねるまでもなく、絵は動き裂け目を潜る。裂け目の向こう側も、坑道と同じく岩肌の露出した別の洞窟に繋がっていた。しかしその絵に僕は妙
な感じを覚えた。

「……この洞窟、何か住んでいるように感じるな」

「そういわれてみればそんな感じですね。丁度歩く所だけ石がどけられてるようですし」

「同感だわ。少なくともその程度のことに面倒さを感じる生命体がいるのは確かね」

 人形が新たな洞窟の奥へと進むたびに、僕たちは何者かがここに住んでいるという感触を強くなる。洞窟のあちらこちらに何かが擦れてできたような
痕がある。

 その時突然魔理沙が妙な声をあげた。

「おい、アリス。さっきの所、もう一度写してくれ」

「何か見つけたの魔理沙……って何!?」

「どうしたアリス?」

「絵が消えちゃいましたよ!?」

 魔理沙に答えようとしたアリスの表情が一瞬にして強張る。そしてそのしなやかに動く指が、目にも止まらぬような速さで動き始めた時には、妖夢の
言うように人形の視点である絵にも異常が起きていた。絵に灰色や黒の線が不規則に揺らめき、絵を掻き消していく。アリスの指が一際複雑に蠢くと、何か
に弾かれたようにその手が弾かれた。それと同時に人形が示していた絵も消えてしまった。アリスが苦々しげに舌打ちする。

「……回収できなかったか」

「どういうことだいアリス」

 小さく呟くアリスに僕が問う。アリスは気持ちを切り替えるように汗で額に張りついた髪を手で払った。

「……やられた。人形を潰されたわ」

「とはいえそこまでの道順が分かっただけでも十分ですよ。ありがとう、アリス。まかせてください。貴女の人形の仇は、必ずとってみせますから」

 自分の人形を壊されたことが無念で片手で顔を抑えるアリスの肩を叩き、妖夢がスッと前に出る。

「そういうこった。お前さんは最後尾でノンベンダラリンと周囲でも警戒しといてくれ」

 アリスの髪をサラリと撫でると、帽子の唾を押し下げながら魔理沙が妖夢の隣に並んだ。

「そういうことだ。後は僕の背に隠れているんだ」

 僕は妖夢と魔理沙、それぞれの肩に手をかけた。

「それじゃあ行こうか。悪いモンスター退治に友達の雪辱戦だ。心が躍るだろ?」

「下がっていてください香霖堂さん。怪我しますよ?」

「分かったから、私の背中で大人しくしといてくれよ」

 僕の手を振り払い、既に戦闘態勢に入った妖夢の鋭い瞳と赤ん坊をあやすような魔理沙の言葉に、僕はスゴスゴと後ずさりするしかなかった。

「全くあの二人は。どう思う、アリス……っておいおい」

「ほら、さっさと行きますよ、香霖堂さん。きっちり私の前に居てくださらないと、守りきれませんからね」

 振り返った先にはアリスは居なかった。前に向き直ると、何時の間に立ち直ったのか、アリスは別の人形を傍らに呼び、既に魔理沙たちの後にいた。

「……やれやれ。君たち、もう少し本来の依頼主のことを気にかけてくれてもいいと思うんだけれどね」

 頭をかいて、僕はタフな少女たちの後を追うのだった。

「……何事もなかったな。実につまらん。トラップやら、ザコモンスターとの戦闘やらを期待していたのに」

「何事もない方がいいに決ってるでしょうに。それに本番はこれからですよ。気を引き締めていかないと」

「……トラップって……魔理沙、ここが坑道だったってこと憶えてないでしょう?」

つまらなさそうに口を尖らせる魔理沙と、それを嗜める妖夢とアリス。目の前にはアリスの人形が突き止めた亀裂が、魔理沙が持つミニ八卦炉の明かり
の中で、僕たちを飲み込もうとするかのように大口を開けている。魔理沙の言うとおり、ここまでの道程には何の危険もなかった。そのことに少しだけ拍子
抜けしたのも事実である。しかしそれも妖夢の言うとおりである。問題はここからなのだ。この亀裂の先に、鉱夫を怯えさせる魑魅魍魎たちが巣食っている
のである。

「ま、考えたって仕方がない。ここから先は一人ずつしか通れないだろうから、私が先頭を行こう。気をつけてついてきてくれ。足元悪いから転んだり
するなよ?」

ミニ八卦炉をかざしながら、魔理沙が転げ落ちないように帽子を押さえて裂け目を潜る。両手を塞いで、気をつけるところが違うだろうと思わなくはな
かったが、この際気にしないことにする。それにいざとならば灯り代わりにしているミニ八卦炉の出力を上げれば、即攻撃に移れる魔理沙は斥候役にはもっ
てこいである。

 八卦炉の明かりが左右に揺れる。裂け目からニュッと魔理沙の手が伸びてきておいでと揺れると、妖夢が、続いて僕、アリスの順番で裂け目を潜った。

 裂け目を潜ると洞窟は左右に延びていた。どちらの通路も八卦炉の明かりが届く範囲では違いは認められない。左右どちらにも気を配り、妖夢が尋ねる。

「さて、右と左、どちらに向かいますか? 人形が壊されたのは何処でしたっけ?」

「多分、ここら辺のはずだわ。魔理沙、少し照らしてくれるかしら?」

「ほいよ……っとと、確かにあったな。あ〜あ、見事に壊れちまってるなー」

 裂け目から直ぐ左に曲がった所の壁沿いに、胴体から二つに千切られた人形の姿があった。魔理沙がバツの悪そうな顔でアリスの表情を窺ったが、ア
リスは別段何時もと変わった様子もなく、ただ何も言わず自分の人形の成れの果てを見つめていた。誰も口をきかず、ただ恐る恐るとアリスの様子をうかが
っていた。しばらくそうしてアリスの傍らの人形が、自分の同胞の亡骸を拾い上げると、アリスの片手が再び小刻みに動き始めた。重苦しい闇の中で、アリ
スの指が動くたびに、キラリキラリと細い糸のような輝きが煌き、それが壊れた人形に纏わりつき、引きちぎられた傷口と傷口を縫いとめていく。恐らくこ
れが彼女の魔法の使い方なのだろう。気がつけば、壊れていた人形は、まだあちこちに泥の汚れや傷がついているが、それでもぎこちなく片手を上げて僕た
ちに挨拶できるくらいには修復されていた。

「あの時私の人形はこの裂け目を通って左の通路に行こうとしていた。そこを背後から襲われたわけになるわ。と言うことは件の破壊魔は恐らく右の通
路から来たものと考えられるわね」

「確かにそうだろうな。私が何か動くものを見たのも、右の隅っこだったから。賊は右の通路から現れたが、しかしそれが今賊が何処にいるのか、役に
たつか?」

「たたないわ。だから今からどちらの通路を行けばいいかは、運否天賦に頼るしかないわね」

「なら右で決定だな」

「……何故だい?」

 キッパリと断言したアリスに、スッパリと魔理沙は右の通路を指差した。その妙に確信に満ちた腕に、僕は嫌な予感を感じながらその根拠を尋ねた。
魔理沙は、「どうしてそんなことを聞くんだ? 当たり前だろう?」というようなキョトンとした表情で、僕を見ると答えた。

「知らんのか、香霖? 左右を決める時は、ファラリスの右手法が冒険者の常識なんだぜ?」

「また何を言っているのか……」

「考えるな妖夢。いちいち気にしてたら負けだ」

 目の前の黒白の少女をまるで妖怪でも見るように、理解できないという風に見詰める妖夢の背を押して、先行く魔理沙の背を追う。

 裂け目を右に曲がる。道は変わらず一人分が歩くほどの幅で、緩やかに左に曲がりながら徐々に下へ下へと降りていく。どうやらこの通路は螺旋にな
っているらしいと気がついた頃、先頭を行く魔理沙がピタリと足を止め、手で僕たちを制した。

「一体何が……」

 僕の声に、しかし魔理沙は答えなかった。ただ黙してジッと闇の奥を見詰めている。ただその背にはそれ以上の問いを拒むような何かがあった。

 そして何時の間にやら僕の前の小さな背にも、魔理沙と同じような緊迫感が宿っていた。

「……妖夢……」

 今にもそこから何かが飛び出してくるのではないかというように視線を闇の奥から視線を外すことなく、魔理沙が妖夢の名を呼んだ。

「……私は右へ。魔理沙は左でお願いします」

「分かった」

 まるでそれだけでお互いの胸の内を察したように、妖夢の言うとおりに二人が半歩動いた。

 目だけを動かし背後のアリスを見ると、アリスも同様に何が起こっているのかを測りかねているようであったが、ただ二人の視線の先の闇に何かがあ
ると感じたらしい、魔力糸が闇を切り裂くように蠢いたのが見えた。

 どうやらこの場で呆けているのは、僕だけらしい。そう自覚した時だった。

「……跳べっ!」

 鋭い声と共に魔理沙と妖夢が闇の中へと飛び込む。それにわずかに遅れて、二人が先ほどまで立っていた地面が、鈍い音を立てて爆ぜる。

「妖夢!」

「はい!」

 飛び込みながら魔理沙が闇の奥へとミニ八卦炉をかざす。その瞬間、光が闇を薙いだ。光量を最大まで引き上げたのだ。闇になれた僕の目が真っ白な
光に包まれる刹那、妖夢が光の奥へと刃を振るうのが見えた。弾幕と化した妖夢の斬撃が岩を断つ音が聞こえた。それが止むや、聞き覚えのない声が通路の
奥から聞こえてきた。

「おろ? ミズハスぅ、避けられちった。こいつら、鉱夫とは違うみたいだよ?」

「そのようね。多分鉱夫共に雇われた用心棒ってところじゃないかしら。……それとミズハス言うな」

 瞳を焼く閃光は一瞬のことだった。ミニ八卦炉からの光は、地下にあって真昼のように辺りをみる程の光へと変わっていた。光が闇を払い、周囲の様
子を見ることが出来るようになると、そこがちょっとした広場のようになっていることが分かった。

そして八卦炉の光の中に、二つの異形の姿があった。

 一つは広い空間に無数に糸を張り巡らせた、黄色と黒のチェック柄をした蜘蛛の妖怪。どうやら女郎蜘蛛のようだ。垂らした一本の糸に逆さまにぶら
下がり、振り子のように揺れている。魔理沙たちが飛び出したのは、どうやら彼女が何かをしたためらしい。それも蜘蛛らしく糸で攻撃してきたのではない
ということは分かった。何かが触れた場所の大地が、毒々しい紫色に変色していたからだ。恐らく毒か何かなのだろう。

 もう一人は上半身は少女、下半身は蛇の姿をしていた。少女はまるで僕たちが積年の恨みの相手であるかのように、視線で射殺さんばかりに僕たちを
睨みつけている。

 そんな二人の妖怪を見て、魔理沙が奇声あげる。

「おお! これは何という天の配剤! 洞窟の奥で私たちを待っていたのは、私たちの獲物だったのです!」

 なんと暢気なことを言っているのだろう。恐らく目の前の二人の妖怪が、件の鉱夫たちを追い払ったものたちであろうというのに。魔理沙にとっては
そんなことよりも、面倒事が減った事の方が嬉しいらしい。

「確かに。あれだけあればベストだろうがコートだろうが大抵のものは作れそうね。しかしこちらの世界じゃ、土蜘蛛が女郎蜘蛛に、橋姫がラミアにっ
て、何か法則でもあるのかしら?」

 アリスが頷く。そこで冷静に状況を分析すると共に、収穫高を量らないでもらいたい。

「やたら熱のこもった、それでいて嘗め回すような視線を感じるんだけど、気のせいかしらん?」

「気のせいじゃないわよ! あいつら、私たちの身ぐる剥ぐつもりみたいよ!」

 どうやらこちらの邪な心が目から漏れていたらしい。目は口ほどに、否、口以上にものを言うらしい。

「何と! こいつら、私の心を読みやがった!?」

「……あれだけ思いっきり口に出しといて、よくもまぁぬけぬけと」

 ……そういうわけでもないのかもしれない。

 閑話休題。どうやら相手は僕たちがどのような人種であるかを決定したらしい。ラミア少女が未だ暢気にブラブラ垂れ下がっている女郎蜘蛛少女に発
破をかける。

「仕方がないわ。やるわよ、ヤマメ! こいつらばっかりは生かして帰すわけにはいかないらしいわ。できるだけ惨たらしく始末して、私たちにちょっ
かいをかける気をなくさせるのよ!」

「おうおう、殺るかぇ。了解了解。それじゃ久しぶりに妖怪らしく、残酷無慈悲な所をみせちゃおっかなぁ!」

 どうやらスンナリとここから引いてはもらえないらしい。しかもこちらが欲を出したばかりに、話し合いはおろかこちらの言葉を聞く気もないようだ。

「……うぅん、別世界とはいえ知人の知人だと流石に斬って捨てるには行きませんねぇ。どうしましょうか?」

 渋々と二振りの宝剣を構えながら、妖夢がどこか気の乗らなさ気に言う。

「とはいえ、あちらはそうとう殺る気みたいだけど?」

 自分と僕を囲むように人形を配し、アリスが顎をしゃくる。確かに、あちらの陣営は問答無用と言うまでもない殺気が放たれているのが、素人の僕に
も分かる。

「あんたが余計なことを言うからよ、魔理沙」

 面倒事を増やしてくれたなと、アリスが溜息混じりに言った。そして面倒事を増やした当の本人はというと、アリスのように憂鬱にならず、さりとて
僕のように呆然と状況を見守ることもなく、だからといって妖夢のように気の乗らない様子でもない。どちらかというと、至極楽しそうである。純粋にこの
厄介な状況を喜んでいる、そんな生粋のトラブルメイカーがその笑みから見てとれる。実際、見て取りたくはないのだが、見えてしまったものは仕方がない。

「なに心配するな、妖夢。それなら私たちの世界の幻想郷のやり方で相手すればいいだけのことさ」

「私たちの幻想郷……成程、魔理沙の言う通りだ」

 妖夢が自分の考えを察したことに気がつくと、魔理沙は今度は今にも襲い掛かってきそうな二人の妖怪に向かって話しかける。

「そんなわけでお前さん方! 殺る気マンマンのところ悪いんだが提案がある!」

「何かしら? 命乞いならもう受付終了よ?」

 パルスィが凄みのある笑みを浮かべる。完全に殺る気だ。しかし剥き出しの殺気を向けられても、魔理沙が怯むはずもない。大げさなまでに首と手を
振る。

「違う違う! そうじゃない! どうだろう? こういう悲しい第一種接近遭遇を果たしてしまったようだが、ここは一つ歩み寄ろうじゃないか?」

 まるで武器を突きつけあいながら、「一緒に昼飯でも食べよう」というような無茶な発言に、ラミアが怒気を顕わにする。魔理沙のノリに馴れていな
い、実に真っ当な反応である。あるいは懐かしい反応ともいえる。

「今更何を歩み寄ろうというのよ! 喧嘩をふっかけてきたのはそっち! 私たちはここでジメジメ鬱々と暮らしてただけじゃない! それを邪魔して、
アンタらみたいな刺客を送りつけて、挙句が「仲良くしましょう」だなんて片腹痛いわ!」

「ま、私はちょこちょこ色んなところにちょっかいだしてたけどねー。それにパルスィが怒ってるのはそれだけじゃないんだよねー。鉱夫の人たちが楽
しそうに歌ってるのをっ! オプッ!」

「余計なことをいうなぁ!」

 ヒートアップしているラミアの目の前で、ヤマメという名の土蜘蛛だか女郎蜘蛛だかが、蓑虫よろしくブラブラ揺れながらラミアの言葉に呆れたよう
に肩をすくめた。さらによく回る舌が本格的に指導し始める前に、慌てて飛んできたラミアが羽交い絞めにしてその口を塞いだ。こんなジメジメした所で鬱
々として暮らしていれば、何がしか色々なことがあるということなのだろう。

 お前のことなど知ったことではないとばかりに、自分を無視してドタバタしている妖怪たちに、魔理沙がやや気後れしたように顔を引きつらせている。
普段その表情は魔理沙の周りの人間が、魔理沙に振り回された時に浮かべる表情なので、本人がそんな顔をしているのは実に珍しいことだ。因果応報、ある
いはざまあみろである。

「あー、お取り込み中申し訳ないんだが、話を続けさせてもらうぜ。ようは殲滅戦をするんじゃなくて、お互い代表者一名を選んで決闘しようとこうい
うことだ」

 魔理沙の言葉に、羽交い絞めにしていた蜘蛛に逃げられた蛇が余裕たっぷりに唇を歪めた。明らかに自分の演じた醜態を取り繕おうとしているが、失
敗している。

「ふん。面白そうな提案ね、その発想、実に妬ましいわ」

「お褒めに預かり光栄だぜ。それは了承してくれたととっていいのかな?」

 魔理沙が帽子をとって深々と腰を折り、顔だけ上げてラミアたちの方を伺う。その姿は実に様になっているのだが、どうみても魔法使いという感じで
はなく、さりとて盗賊や道具屋にも見えない。ましては舞台俳優という感じでもない。

「まるでペテン師ね」

「でなければ詐欺師・山師の類でしょう」

 ああ、そうだ。アリスと妖夢の言うとおり、そういう類の、「普通の」ではなく「舌先の」魔法使いの風格が滲みでているのだ。とはいえ魔理沙の弁
舌で、話はこちらに有利なように運んでいると見ていいだろう。

「妬ましい限りだけれどね。で、決斗というからにはルールがあるんでしょう?」

 魔理沙がスペルカードによる決闘のルールを説明している。こちらに有利に働いているのは、つまり相手はスペルカードに不慣れな上に、こちらはそ
の未知の手練れが三人もいるのである。向こうは気がついているのか、それとも気がついていても自分たちがたかが人間やどこの馬の骨ともしれない妖怪・
半妖怪やら半幽霊やらに負けるとは思っていないらしい。自信満々、余裕綽々と魔理沙の説明に一つ一つ頷いている。

「成程ね。ようは相手の弾を避けて、こっちの弾を当てればいいと」

「そういうこった。あとは避ける時も弾幕張る時も出来る限り美しくな、これ重要」

 何時の間にやら相手をこちらのペースに乗せている魔理沙。これも彼女の手練手管なのだろうが、どう考えても、普通の魔法使いとは思えない手際の
良さである。

「今回は負けた方が勝った方の言うことを聞くと?」

「そうだ。今回は四人、いやこっちが三人だから三つまで言うことを聞かせることができるってことでどうだ? 因みに私たちが勝った場合、ラミアの
革、女郎蜘蛛の革、それと大蝙蝠の革が欲しい」

「……っ! ま、魔理沙。私たちの受けた依頼の内容、覚えてます?」

 指折り「僕たち」が欲しいものをリストアップする魔理沙に、慌てた妖夢が声を上げる。リストの中にここから退去する、乃至は鉱夫に手をださない
という条項を加えなくていいのかと言いたいのだろう。

 流石の魔理沙もそんな重要なことを忘れている、あるいは故意に忘れているわけではないらしい。チラリと振り返った顔には、現在進行形で悪だくみ
をする時の笑みが浮んでいた。

「任せろ。私に考えがある。心配するな」

「……やっぱり心配だ」

 僕の呟きに、アリスと妖夢が頷いた。

「ふん。やっぱり私たちの体が目当てだったのね。いやらしい」

「それは言い方がいやらしいだけじゃないかしら?」

 それがどう脳内変換されたのか、慌てて胸元を隠すラミアにアリスが至極冷静に言った。

「うっ、五月蝿い! 私たちが勝ったら、お前たち三人とも頭からバリバリ食べてやるからな! 覚悟しろ!」

「ま、三人やっちゃえば、そこのおにーさんがどうなるかは、私は知らないけどねぇ」

 顔を真赤にするラミアに蜘蛛少女が付け加えた。それは言外に僕も食べてしまうということなのだろう。ま、それは覚悟を決めるしかあるまい。これ
も仕事だ。

「そうなるね。ま、勝負は時の運だからね。ただ幻想郷で上から数えた方が早い幸運ものに乗るのなら、それほど分は悪くないさ」

 僕は気軽にそう言った。これは強がりではなく、僕の本心である。でなければ一介の道具屋が自分の身命を惜しまないなどということがあろうか。

「戦場に身を置いた時から、この身が滅んでしまうことなど、覚悟の上です」

 そんな僕より妖夢は余程潔い。その在りようは、羨ましいとは思わないが立派だとは思う。

「まあ、こちらとしても一対一の約定を素直に守る義理はないからねぇ。守るのはあくまでプライドのためだから、背に腹は代えられないとなったら、
どんな汚い手だって使うのに吝かじゃないけれど」

 そんな物騒なことを呟きながらも、アリスも何処か気の抜けた、やる気のなさそうな様子である。今や周囲を警戒させておいた人形を解除している。

 どうやらこちらの様子を、一か八かの神頼みだと踏んだらしく、ラミアは得意そうに笑っている。あちらはあちらで勝負の行く末が見えているのだろ
う。ただしこちらの未来とは違う未来が見えているのだろうが。

「いい度胸ね。それじゃあ始めましょう。こちら私が代表よ。そっちは誰が出るのかしら?」

 顎をしゃくってみせるラミアに、ひょいと緊張も衒いもなく、魔理沙が片手を上げて僕たちの方を振り返った。

「私が行くが、何か反論は?」

「ないわ。焚きつけたのもアンタなら、スペルカード戦を提案したのもアンタ。ならアンタが行くのが正当でしょう。この子の修理もしてあげたいし、
さっさと片付けて帰りましょう」

「魔理沙の場合、死地に赴く時でもかける言葉が見つからないんですよね。馬鹿馬鹿しすぎて」

「いつのものように非常識な感じで蹂躙しておいで」

「……お前ら、自分たちの命運がかかっているんだからさ、もうちょっと励まし方とかあるだろ?」

 この扱いには流石の魔理沙も気落ちしたらしい。心なしか肩が落ちている。そんな魔理沙にアリスが駄々っ子をあやすように言う。

「はいはい、分かったから、さっさと行ってきなさいよ。頑張ってー魔理沙ー。私たちたべられちゃうわー」

 実に嘘くさく、演技をする気もない応援である。これが先ほど卑怯な手も辞さずなどと冷静にのたまった者の言とは到底思えない。案の定、魔理沙も
苦笑していた。恐らくこいつらに少しでも期待した自分の愚かしさを反省しているのだろう。

「……やれやれ。それじゃあサクッと勝ってくるぜ」

 そして……

「……嘘……何よ、あの非常識……」

「ま、ページの関係もあるんでね。全く活躍した気はしないが、一撃で決めさせてもらったぜ。それじゃあ、約束通り革セットくれ」

 そして勝負は一瞬で決着を迎えた。嫉妬の力を弾幕に代えて放つラミアの攻撃を数度軽快なサイドステップで回避すると、問答無用でミニ八卦炉を最
大出力で起動させ、魔理沙の得意魔法「マスタースパーク」が炸裂した。勿論、スペルカード戦のイロハも知らない初心者が高出力魔法に対応できるわけも
なく、弾幕諸共に光の渦に巻き込まれてしまったのだった。

「あっはははははっ! こりゃやられたねー! 端からこっちに勝目なんかなかったってわけだ! こりゃのせられたねー、ミズハス!」

「……ううっ……ミズハス、言うなぁ……」

 一応壁に穴は空けないようには調節したらしく、魔法に吹き飛ばされて僅かに壁にめり込んでいるラミアを見ながら、女郎蜘蛛が腹を抱えて笑ってい
る。マスタースパークは言わずと知れた広範囲をも巻き込むメチャクチャな魔法である。その攻撃範囲は、高みの見物を決め込んでいた女郎蜘蛛をも巻き込
んでいたのだが、良い感じに焼きあがっているラミアとは違い、どうやら上手く回避したようである。それならばそこでグズグズと鼻を鳴らしている相方の
代わりに代表者になればよかったのに、などと相手の事ながらそんなことを考えてしまう。それとももしかしたら、この妖怪蜘蛛の少女も魔理沙などと同じ
ような人種で、ラミアをおちょくって楽しむために自分が代表にならなかったのかもしれない。

魔理沙は蜘蛛少女たちのもとに歩み寄ると、自分を見上げる妬ましげな視線と不思議そうな視線に向かってニヤリと笑う。

「ま、これに懲りたら、仕事中のオッチャンたちの邪魔はするんじゃないぜ? それとちょっとばかし手伝ってやれば、きっとおまえらも一緒に混じっ
て歌って踊れるようになるさ」

「……本当かい?」

 蜘蛛少女が嬉しそうに尋ねた。その腕の中で介抱されている嫉妬まみれのラミアも、その言葉にパッと顔が輝いたことに気がついたのは、僕だけでは
ないだろう。隣で妖夢も安心したようにホッと胸を撫で下ろしている。

「ああ、この霧雨魔理沙さんは嘘を吐かないことで有名なのだ。任せておけ。きっちり私が口入しといてやる」

「……嘘吐き」

「嘘吐き」

「いい加減安請け合いは止めた方がいいよ、魔理沙」

 しかし次に続く魔理沙の言葉に、全員が一斉に口を開いた。この手の軽口を魔理沙が守るはずがないと、皆固く信じている。ちょっといいところをみ
せようとしたのだろうが、思わぬ反撃を食らった魔理沙が慌てて場を取り繕おうとする。

「う、五月蝿いな! ようは鉱山ギルドの連中に話を通せばいいんだろ! あっちもこの山に詳しい奴がいれば仕事も楽になるだろうから、一石二鳥だ
ろう!」

 必死に取り繕う魔理沙。しかし言っていることは尤もではある。後はこの申し出を二人の妖怪がどう受け取るか、によるだろう。もしここで拒否する
ようならば、その時こそ力づくで制圧せねばならなくなる。

「……ふ、ふんっ! 礼は言わないわよ! 仕掛けたのも、勝手に話をすすめるのも、そっちが勝手にやったことなんだから!」

 と、そんな僕の考えは杞憂に過ぎなかったらしい。この手の対応をする輩はほぼ間違いなくこちらの条件を飲んでいるらしいと、紫が持ち込んだ外の
世界の本に記してあった。曰く「ZUNでれ」というらしい。

「それで結構だ。こっちの仕事はきっちり報酬がかかってるんでね。どっちかっていうと追剥がついでだ」

 おかげで魔理沙がとんでもないことを言っているのに、ツッコミをいれることができなかった。

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