フォーエバー、シューティングスターズ(4)

「薄馬鹿下郎なら〜」

 僕たちの目の前に酒やら料理やらを並べながら、ミスティアがついでとばかりに一枚の依頼書を差し出したのは、鉱山ギルドに事の報告と今後の対策についての口添えを終え、宿に戻ってきた時のことであった。鉱山の奥に巣食うモンスターを排除しなかったということでもめるかと思いきや、あっさりと彼女らを取り込んで作業を進める方針へと転換したのことには、流石の僕も驚いた。どうやらお燐たちの上司で、僕たちの報告の際も部屋の奥から一切口を挟まずに、ただ一言、

「では、そのように」

とだけ発した少女によるところが大きいのだろう。後から聞いた事だが、僕たちの幻想郷では地底の旧地獄を統べる地霊殿の主で古明寺さとりという、さとりの妖怪らしい。成程、彼女の前では如何な嘘とて意味を成さないのであれば、僕たちの報告を疑うこともないし、彼女ら地底の妖怪たちを巻き込んで鉱山を経営していくことも容易であろう。人身掌握と企業形態が一致した、芸術的とも言える完璧な経営手腕であろう。ただ心を見抜くような上司の下では僕は働きたくはない。

「こんな仕事があるんだけど、どうかしら〜。アンタらは、何か良く分からんけど、腕はたつようだしぃ〜」

 そうして宿へと帰ってきた頃には、酒場も程よく酔漢が紛れてきた頃のことだった。今日一日の冒険の疲れを癒すため、僕たちは部屋に荷物を置くのもそこそこに、昨日と同じカウンターの席を陣取ると、昨日と同じく魔理沙が適当に注文を済ませた。今日はそのことに誰も文句は言わなかった。

 とりあえず杯を打ち鳴らし今日の成功と無事を労う。豪快に酒を呷りながら、魔理沙が依頼書に目を通した。

「『薄馬鹿下郎の巣を荒らすヘビケラを退治してくれる方募集。詳細はこちらまで。薄馬鹿下郎ギルド』ねぇ」

「どう? 報酬に薄馬鹿下郎の繭を貰えば良いじゃない〜。なんなら私が口利きしてあげるわ〜」

 相変わらずミスティアは歌い踊っている。昨日あれだけ言っておいて、今日の依頼である。何か裏があるのではないかと勘ぐるのも仕方のないことだろう。

「……怪しい」

 妖夢が端的に言った。僕も言う。

「……ご主人。ご主人のご好意は有難いのですが、何故底までこの仕事を私たちに回したがるのです?」

「何か理由があるんなら、素直に言っといた方がマシだぜ。理由を教えてくれなくてもこの仕事は受けるつもりだが、その前に女将が泣くことになるかもな」

 ニヤニヤ笑いながら魔理沙が言う。魔理沙の場合、脅している時でも目まで笑っているから余計に性質が悪い。流石に僕たちの不信感に気がついたのか、ミスティアが踊るのを止めた。ただ歌うのは止めない。

「脅さなくったってちゃんと教えるわよ〜。アンタらが探しているヘビケラ〜、一匹だけじゃ大したことないけれど〜、大抵群れているのよ〜。オマケに一匹にチョッカイを出した途端、群れ全体で反撃してくるのよ〜」

「成程。それでこの依頼も、誰も手を出さないと……」

 納得したのか妖夢が頷く。恐らく壁に張り出さなかったのも、この依頼内容が見た目ほど簡単ではないためなのだろう。ドラゴンを相手にするというのなら誰だって(僕たちは含まない)手を出さないだろうが、害虫退治となれば身の程を知らない駆け出し冒険者が引き受けないとも限らない。

「そういうことよ〜。さらに悪いことに、この依頼のヘビケラの群れには女王がいるらの〜」

「女王? 蜂みたいなものかしら?」

 一人食事をせずに人形の修繕に勤しんでいたアリスが、その手を止めた。

「そんなもんじゃないわ〜。女王ヘビケラは群れの中心にいて群れを統率しているんだけれど〜、この女王、普通のヘビケラよりも知能が高くて手ごわいの〜。おかげで手誰の冒険者でも、かなり危険な相手なのだわ〜」

「そうして誰も手が出せず……」

「薄馬鹿下郎ギルドは尻に火がついてるってわけだ」

 魔理沙が後をついだ。八目鰻のパイ包みを頬張る。

「商売は大変ですねぇ」

 妖夢がしみじみとそう言って、猪口の酒を飲み干した。妙に様になるのが、なんとも言えない。手酌している姿なんかは特に。

「しかし女王か……」

「……何となく……何となくだけど、心当たりがあるような気がするわねぇ」

 人形の修繕を終えたアリスが、針や糸やノミや金槌を箱に仕舞いながら、魔理沙と同じような顔で笑った。

「いやー、だーれも依頼に応じてくれなかったので、いい加減私たちが行かなきゃならないかとヒヤヒヤしてたんですよー」

 薄馬鹿下郎ギルド統括部長という大層な肩書きの入った名刺を差し出した月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバは本当に助かったというように、何度も何度も僕たちに向かって頭を下げた。

「ホントホント、こんな楽な仕事なのにねぇ」

 ついで副部長兼資材調達部部長という上司の名前と同じくらい長ったらしい肩書きを携えた因幡てゐがあっけらかんと笑った。

「そんなわけあるか」と誰もが心の中で思ったが、流石の魔理沙もそれを口にはしなかった。

 担当者たちの能天気ぶりに呆れる僕たちの不信感など気がついていないように、鈴仙部長はまるで茶飲み話でも話すように気楽な様子で続ける。僕たちが来たことで自分たちの仕事は終わったと言いたげである。

「それがですねー、私たち薄馬鹿下郎ギルドと女王とはある程度話がついてたんですよー。それが急に私たちの採取場の側にまで現れるようになって、挙句には襲ってくる始末でして」

「下手に手を出すとしっぺ返しが怖いから今まで手控えていたのだけれど、他の採取場にまで薄馬鹿下郎が現れるようになっちゃ商売あがったり。そこでこの際連中を一気に殲滅してしまおうと思ったってわけ」

 ヤレヤレと肩をすくめて苦笑しながら、さらっと物騒なことを言うてゐに妖夢が繭をしかめる。

「……何だか話がキナ臭くありませんか?」

「……大丈夫だ、妖夢。ヤバイ話ほど金になる」

「……それは全然大丈夫じゃないような」

「もしもーし! 全部聞こえてますよー!」

 僕が聞こえるのである。僕たちの正面に座っている不穏な発言をした当の本人たちに聞こえないはずがない。

「失礼しましたご両人。とはいえ、問題になっているヘビケラには群れを統べる女王がいるということだそうで、そのような群れを軽視するのは大変危険だと存じましたので、差し出がましいようでしたがご意見させていただきました」

 僕は頭を垂れて、少女たちの非礼を詫びた。少々口調が慇懃無礼に過ぎただろうかと思わなくもないが、この際気にしないことにする。すると鈴仙が反応した。

「そうなんですよ! そこが不思議なんです!」

「と、申しますと?」

 僕が水を向けると、立て板を流れる水の如く月の兎から言葉が溢れる。

「いえ、ヘビケラをまとめている女王は非常に温和な性格だったんです。だからこそ森の蟲たちの了解を取り付けることができたんです。けれどそれがある日突然『お前たちは信用がならない!』って言ったきり、ちゃんとした理由も教えてくれないんですよ」

 自分の言葉が間違っていないことを確かめるように、腕を組みウンウンと一人頷く鈴仙を見やり、魔理沙が小馬鹿にしたように笑う。

「てひどく裏切られたんじゃないか、副部長殿?」

「そうなの、てゐ?」

「ウサギたちの上に立つ者が、そんなことするわけないでしょ。鈴仙もそんな奴らのことなんて鵜呑みにしない。それより今回はアンタらに依頼しているのは、ヘビケラの排除なんですから、それをきっちりと遂行なさい」

 その可能性は考えていなかったとばかりにてゐの顔を覗きこむ鈴仙に、やや不機嫌そうにてゐが答えた。言葉の最後は勿論、私たちに向けてである。ついでに「余計なことを言うな」と言わんばかりに睨まれた。

 魔理沙もそれ以上ことを荒立てるつもりもないらしく、軽く肩をすくめると静かにソファから立ち上がった。

「了解だ。こちらも報酬さえもらえたら問題ないよ」

 それが合図だったかのように、僕とアリスも立ち上がる。しかし妖夢だけが立ち上がらなかった。

「それじゃあ、さっそくでかけるとしましょうか。ほら、行くわよ、妖夢?」

 アリスが声をかけるが、妖夢は黙したまま、ジッと姿勢正しく座っている。膝に揃えられた小さな拳が、何かの決意の表れか、プルプルと小刻みに震えている。どうしたものかと僕が魔理沙の顔色を伺うと、何かに気がついてるのか、クイッと顎で外へでるように示した。

「あ、あのお二人ともっ……ととっ、何するんです!?」

「ほらほら、妖夢も急ぐんだ。君にはしっかりと僕の目の前を守ってもらわないと」

 意を決して妖夢が何かを言い出そうとしたので、僕は慌てて妖夢の腕を掴んで立ち上がらせ、そのままドアへ向かって大股で歩き出す。妖夢を引きずる形になってしまって心苦しいが、今回ばかりは我慢してもらう。

「それでは、失礼いたしますわ」

 僕と妖夢が部屋から出ると、アリスがスカートの裾をつまんで優雅に一礼すると静かにドアを閉めた。

「魔理沙! この話、私は気に入りません! どうもあの兎……というよりもてゐのことですが、何か知っているとしか思えない!」

 薄馬鹿下郎の住まう森への道中、というよりもギルド本部の建物を出てからというもの、妖夢はまるで呼吸するかのように「納得いかない!」と繰り返していた。特に妖夢ににじり寄られた魔理沙は、うんざりしたように肩を落として、何度も何度も妖夢に事情を説明している。

「んなこと皆気がついてるよ。ただそれをあそこでどうこう言っても仕方がないってだけさ。しかもそれが元でこの依頼をふいにしちゃ、目も当てられんだろう?」

「そういうこと。アイツラを問いただしても、自分たちの不利になるようなことは絶対に言わない。けれど知能が高い女王がいるってことなら、その女王に直接何をされたか問いただせばいいだけよ」

 何体かの人形を弄り回しながら、アリスも魔理沙に同意する。ただそれでも妖夢には何処か納得いかないらしく、腕を組んで唸っている。こういう姿を見ると、朴念仁というのも少々困りものだと実感する。とはいえ魔理沙やアリスのようにすれてしまうのも問題なのだが。

「しかし問答無用で襲ってくるといいますよ?」

「ならその時こそ、君たちの出番だろう?」

「聞いても教えてくれないなら、ぶちのめしてから聞くまでだ!」

「そう、つまり……」

 まだ不安らしい妖夢を安心させるように僕が言うと、魔理沙が妙に晴れやかな笑みと親指を立て物騒なことを平然と言い放ち、アリスが続けて何かを言おうとしたのだが、妖夢の溜息がそれを遮った。大事なことを捨ててきた、そんな倦怠感が漂っている。

「……つまりやることは何時もと同じだ、と?」

「……学習してきたみたいね。悲しいことだけれど」

 アリスも似たように微笑んだ。色々苦労しているのだろう。まぁ僕も人のことを言えないのだが……

「ああ、あれが……でっかい木みたいだな」

 蟲たちが住まう森というのは、僕たちの幻想郷には見られないものだった。確かに僕たちの幻想郷も、その大半が山や森だと言っていい。だが、今僕たちが歩いているような、鬱蒼とした、森閑とした森はないだろう。僕たちの幻想郷の森は、姿が見えずともどこかしらに生物の息吹に似たものを感じることができた。この森にもその生物の営みを感じることが出来なかったわけではない。ただそれが今まで僕が感じたことのない、どこか異質なもの、まるでこの森が鉄と錆と油で出来ているような、そんな不気味な感覚を感じていたからに他ならない。

 そんな感慨に捕らわれている間も、少女たちは依頼遂行に余念がない。

 今僕たちは蟲の森の中で最も薄馬鹿下郎の巣が集まっているという、森一番の大木を眺める丘の上に陣取っていた。あまり近づきすぎると、ヘビケラに警戒されてしまうからである。

 薄馬鹿下郎の巣になっているという大樹も、僕も気を滅入らせている原因の一つである。まるで血と肉と鉄と油が混ざり合ったような、機械と生物をグロテスクに混ぜ合わせ、骨と鉄骨に絡めたような、そんなこの世のものとは思えないような存在が、我が物顔で枝を張り巡らせ生い茂る様が不快だったのだ。

 しかしそんな感慨をいだいているのも、どうやら僕だけらしい。他の面子はといえば、そんな繊細な心の機微になど無縁らしく、実にあっけらかんとしている。

「実際あの木もそうとうな大きさよ。加えて繭が果物みたいに引っ付いてるから、余計に大きく見えるんでしょう。……しかし多いわね。おまけに複眼だから視界が広くて厄介だわ」

 アリスは指を丸めて輪を作り、そこから大樹を覗いている。真似してみても僕には何かが大量にその木の周りを飛び回っているのは見えても、その生物が複眼かどうかなど全く見えないので、恐らく魔法の一種なのだろう。

「しかもリグル……じゃなかった、女王らしいものの影も形もないですねぇ」

 額に手をかざして大樹を見やり、妖夢が答える。こちらはどうやら裸眼で見えるらしい。流石自称二百由筍の庭師を務めているだけのことはある

「どこか別のところにいるんじゃないかい?」

 あまり長い間森を眺めていると気分が悪くなりそうだったので、僕は木々に背を向けた。

「だろうな。複数個所が襲われたって話なら、女王が中心になって森の中を巡回しているかもしれない」

 ゴソゴソと背負っていた背嚢を下ろして中身を漁りながら、魔理沙が答えた。引き出した手に握られていたのは携帯用食料である。森に来る前に食事を取ったばかりだし仕事前だ。良く食べられるものである。

「その考え方で行くと、ここの連中と戦うとその別働隊が援軍でやってくるってことかしら。それも何処とも知れない方角から」

「それは厄介だな。せめてどこからどれくらいやってくるか分からないと、危険だね」

 魔理沙の差し出した食料に首を振り、僕が答える。

「ああ、それなら私の人形を上空に飛ばしておけば、接近する直前くらいには、何処からどれくらい援軍がくるかは分かるわよ」

「本当か?」

 魔理沙の差し出した携帯食料を受け取り一口齧り、アリスは棒状の携帯食料で頭の上に円を描いた。

「ええ、気休め程度だけど、ないよりはマシでしょう?」

「いやいや、アリスよ。0より1は必ず多いのだ。中々大した手柄だぜ。謙遜する必要あるまい」

「……な、何よ、急に褒めて……何にも出ないわよ」

 そんな言葉がかけられるなどと予想もしていなかったのだろう、アリスが赤面して慌てて手に持った形態食料を頬張った。勿論慌てて嚥下できるものではないので、喉に詰まらせるのはお約束である。

「……すいません、皆さん。私から一つ提案、というかお願いがあります」

 慌てて水筒の水を流し込んでいるアリスを尻目に、じっと大樹を眺めていた妖夢が改まった声で僕たちに向き直った。その様子に魔理沙がパンパンと手を叩いて食べかすを払い、帽子の下に手を突っ込んで頭をかいた。

「何だ妖夢? 何となく予想はつくが、言うてみ」

「はい。では遠慮なく。……できればヘビケラを殺さずに済ませないでしょうか?」

 魔理沙が苦笑している。どうやら彼女の予想は当たっていたらしい。

「今回の本当の被害者は蟲らしいから?」

「そうです。それに以前の依頼の時は、仕事のためだといいましたが、それでもやはり無益な殺生は控えたい。自分も、そして他人にも」

「偽善。あるいは自己満足ね」

 アリスがスッパリと言い切った。こういうところで舌鋒を緩めない所が、アリスらしいといえる。そしてそれを真摯に真正面から受け止めるのが、妖夢なのだ。

「すいません。しかしそれを重々承知でお願いしたい」

 しばし黙考する。妖夢の言いたいことは分かるが、果たしてそんなことが出来るのか。一見するにヘビケラの数はかなりのものである。女王の姿を見つけたとて、昨日の依頼のように上手くスペルカード戦に持ち込める保証などはない。ならばここは力を出し惜しみせず、全力でことに当たるべきである。

「いいぜ、妖夢。今回、否、私たちが冒険者である間、殺しはなしだ」

「ちょっと、魔理沙!」

……なのだが、この黒白の盗賊兼魔法使いは、あっさりと頷いた。これはアリスでなくとも思わず食いついてしまうだろう。それに何故か言い出した妖夢も驚いて目を皿のようにしている。

「何、そう怖い顔をするなアリス。偽善に自己満足、いいじゃないか。私はそういうの好きだぜ。それにな、そういうのは正義の味方みたいで格好がいい。冒険者で正義の味方なんて、まるで物語の英雄みたいじゃないか」

「魔理沙、英雄の条件というのを知ってるかい?」

 少々魔理沙の物言いに危機感を感じ、僕が口を挟む。僕の苦言に魔理沙が苦笑いを浮かべた。

「心配するな香霖。私も酔狂で命を無駄にするつもりはないよ。余裕のある範囲で、っていう条件つきさ。それでもいいだろ、妖夢?」

「……感謝します」

 妖夢がしっかりと頭を下げた。

「やれやれ、余計な足枷が増えちゃったわね」

 生真面目な剣士の旋毛の辺りを見ながら、アリスが額を抑える。その言葉とジェスチャアの割りに、一向に困っているように見えない。

そうして僕たちは依頼に取り掛かった。作戦は魔理沙と僕で持ってヘビケラの一部を木から引き剥がし、戦力を分散。その間に妖夢が巣の周りに残ったヘビケラを殲滅するというもの。後は頃合を見計らい合流し、その後やってくる援軍を各個撃破するというもの。

「で、どうやって蟲たちを引き剥がすんですか?」

 妖夢が当然の問いを発する。しかしそれは問題ない。というよりも、ここで問題なのは一緒に行動していた妖夢がどうしてその手段を憶えていないのか、ということだ。薄馬鹿下郎ギルドを後にする時に、下っ端兎から依頼遂行に役立つアイテムをいくつか手渡されたのを見ていなかったのだろうか。いや、恐らくそうなのだろう。

「じゃーん! これだー!」

「それは何です?」

 大仰な仕草で魔理沙が頭上に掲げた頭程の壷を指さし、妖夢が尋ねた。

「ヘビケラたちの好物の黄金蜂蜜さ」

「こいつはあの蟲どもがエーテルの彼方の三千世界までぶっ飛ぶって代物さ。一時的に凶暴になるから、こいつを舐めさせればそれで終了といかないのが悲しいところではあるがな。こいつを使って私と香霖で奴らを引き剥がす。その間に残ったヘビケラを妖夢がやっつけてくれ。妖夢がやっつけたらアリスが合図。それで私たちがひきつけていた奴らを、もう一回妖夢のところに連れてくる。あとは順次各個撃破。最終的にはヘビケラの女王を捕まえるって寸法だ」

 既に何かを「キメて」いるのではないかと疑うような妙な踊りと調子で魔理沙がざっと段取りを説明する。

「……こんな作戦で上手くいくんでしょうか?」

「絶対上手くいかないでしょうね」

「そ、そんなぁ」

 情けない声を上げる妖夢に、しかしアリスは落ち着いて微かに得意気に微笑んでいる。

「そのために私がいるのよ、妖夢。私が上空の人形を通して見て、その都度作戦を修正していくわ。そうすれば、……ま、こんな雑な作戦でもなんとかなるでしょ」

 そして魔理沙に馬鹿にしたような小憎らしい笑みを向け、肩をすくめた。その仕草に魔理沙が苦笑し、その後ワザとらしく頬を膨らませた。

「魔理沙さんの作戦が失敗するだの雑だのと、ちょっと失礼じゃないか君たち?」

「魔理沙の場合、作戦云々というよりも普段の行いが問題なんだよ」

「どいうことだ香霖。それじゃあまるで私が厄介者みたいじゃないか!」

「……厄介者そのままと思わなくもないけれど、この際どうでもいいわ。それじゃ、そういう手筈で始めるわよ」

このまま放って置くと何処までも話が脱線してことが進まなさそうだと判断したらしい。アリスが話を切り上げるように全員に一体の人形を配る。無論、僕はそれを手に取った瞬間に名前も用途も理解したが、他の二人はそうではない。アリスがシゲシゲと不思議そうに人形を眺める二人に説明を始める。

「それは遠くにいても会話できるように魔法を施した人形よ。その人形に向かって話しかければ、同じ人形を持つ全員にその声が届くっていう仕組み。これでお互い連絡を取り合いましょう」

「お人形に向かって話しかけるなんて、まるで危ない人かアリスみたいだな」

「馬鹿なこと言ってないでサッサと行け!」

 アリスが人形に向かって叫ぶと、その声が各人の人形の口の辺りから聞こえてきた。成程、これは便利だ。人形に耳を近づけすぎなければ、であるが。

「ではいくぞ香霖! しっかり私に捕まって、死んでもその蜜壷を手放すなよ。死んだら振り落としてやる!」

 相変わらず無茶なことを言う魔理沙に引っ張られ、僕も不承不承と箒に跨った。片手で魔理沙の肩にしがみつき、もう片方の手で脇に持った壷を抱える。やってみるとこの体勢が意外と腕に来ることが判明した。日頃の運動不足を恨めしく思いながら、僕は腹を括ることにした。

「本来、僕は肉体労働担当じゃないんだけどな」

「何を言ってる香霖。肉体労働は妖夢の担当だ! 頭脳労働者であるからこその囮役だろう! ウダウダいわずしっかりつかまれ! 行くぞ!」

 言うや否や魔理沙は僕の返事も聞かず、箒に魔力を込める。フワリと体に浮遊感を感じたかと思えば、あっという間に加速し、僕たちは一陣の風となって薄馬鹿下郎の巣のある大樹へと疾駆していた。

 全ての景色が溶け合い、僕の視界を流れて消える。あらゆる音は消え、ただ風切り音だけが僕の耳朶を叩く。通り過ぎていく世界が壁となり、僕の全身を薙いでいく。気を抜けば体を置き忘れてきそうな感覚に陥る。僕は小脇に抱えた蜜壷を落とさないようにと、脇腹が痛くなるほどしっかりと抱きかかえる。

「そろそろいいだろう! 壷の蓋を開けろ!」

 何百本もの笛を乱暴に鳴らしているような音の暴力の中、掠れた魔理沙の声が届いた。目を見開いて自分の足元を見ると、どうやら既に薄馬鹿下郎の巣である大樹の上空までやって来たようだった。高速で流れていく風景の中では、そのグロテスクさが際立つ。まるで腐った臓物を煮詰めたような色をしていた。大樹にぶら下がる薄馬鹿下郎の繭玉とそれを取り巻くように蠢くヘビケラたちの姿は、さながら腐肉に集まる蛆と蝿と言ったところだろう。僕はその光景と馴れない高速飛行の影響で、不覚にも吐き気を覚えてしまった。そしてそれがどうやらいけなかったらしい。

「ちょっと待て! 蓋がきつくて……って、あっ!」

「ちょっ! おまっ! なにやってんだよ香霖!」

 魔理沙の慌てた声がやけにはっきりと聞こえた。こちらの様子を窺いに来たのだろう、群れから離れてこちらに接近してきたヘビケラを避けようと箒が急旋回した瞬間、僕の意識に刹那の空白ができた。そしてその空白は、その僅かな時間でさえ致命的となりうるものだった。まるで虎視眈々と獲物を狙う猛獣のような素早さで、暴風が僕の腕から壷を奪い去ってしまった。壷は僕たちの遥か後方のヘビケラの群れの中を落ちていった。今更、壷を追っても間に合うまい。僕たちの視界から消えた途端、ヘビケラたちが壷が落ちていったと思しき地点へと、一目散に飛んでいったからだ。間違いなく壷が割れ、中身が何であるかヘビケラたちが察知した証拠だろう。

「アリス、すまん! 香霖がファンブルしやがった! 一端撤退! 逃げる! 転進だ!」

 魔理沙が人形に向かって怒鳴る。情けないことに僕は自分の失態に呆然として、声はおろかどうすれば良いのか考えることもできなかった。

「だ、そうよ。聞こえたわね、妖夢。一端引いてヘビケラが落ち着くのを待ちましょう」

 小さな溜息に続いてアリスの冷静な声が聞こえた。どうやら妖夢もこの大樹の側まで来ているらしい。しかし妖夢からの返答は意外なものだった。

「何故逃げる必要があるのですか?」

「どうする気だ妖夢!」

「蜜を啜るのに必死になっているのなら、そちらのほうが好都合です。心配して損しました。これくらいの数ならば、何も問題ありません」

 妖夢の声の向こう側で、鉄と鉄が擦れ合うような嫌な音が微かに聞こえる。それはどうやらヘビケラたちの鳴き声らしい。舌打ち一つで、魔理沙が箒の柄を下に向ける。墜落するよりも早く、僕たちは地面を目指して突き進む。先ほどまでが遊びであったかのような速度は、瞬き一つほどの時間で大樹の根元へと辿り着かせた。

「妖夢! 無事か……って、あ〜あ」

「……これなら僕の心配をしてくれた方がよかったね」

 僕たちが壷を落として魔理沙の舌打ち一つ分、そして大樹の天辺から根元まで瞬き一つ分、それだけの時間があれば、妖夢には十分だったらしい。

「心配後無用、峰打ちです」

 地に伏しまるで死んだように動かないヘビケラの群れの中、二刀を構えた妖夢が立っていた。ほんの僅かな時間の中でこれだけのヘビケラを生きたまま打ち落としていながら、汗もかいていなければ、呼吸が乱れてもいなかった。正しく圧倒的というしかない。伊達に白玉楼の庭師を拝命していないということだろう。

 胸を撫で下ろす魔理沙と、今更ながらに襲ってきた眩暈で頭を抑えている私の耳に、アリスの声が聞こえた。

「気をつけて妖夢、魔理沙。援軍が来るわ。貴女たちから見て右手奥。直ぐにそちらからでも視認できるわ」

 僕たちが一斉にアリスの言う方向に視線を向けるのと、耳を聾さんばかりの空気の振動音が聞こえてきたのはほど同時だった。音に僅かに遅れ、節くれだった枝葉の向こうから、黒雲かと見まごう程のヘビケラの群れが姿を現した。

「いたぞ! アレが女王だ!」

「やっぱりリグルですね」

「どうして私の名前を知っている!」

 ヘビケラの群れはあっという間に僕たちを取り囲んだ。その群れの中心に、女王の姿はあった。

 リグル・ナイトバグ。僕たちの幻想郷に住まう蛍の妖怪で、虫たちの主である。どうやらこの幻想郷では、この森の蟲たちのリーダーであるらしい。

 警戒心を剥き出しのリグルを、魔理沙は気にする様子もない。一方的に自分のペースで話始める。

「名前がどうこうなどというのはどうでもいい! それよりどうして薄馬鹿下郎ギルドの連中の仕事の邪魔をするんだ! 約束が違うって、兎たちが困ってたぞ! おかげで私たちに仕事が回ってきたら、私たちは一向に構わないんだがな!」

「何をわけのわからないことを言っている! それに最初に約束を破ったのは、お前たちの方だろう! 私たちの住処に無断で踏み込んで、森を荒らして、変な薬をまいて同胞を痛めつけて!」

 犯人はお前だといわんばかりにビシッと指を突きつけるリグル。怒りと義憤に満ちた姿には、魔理沙につきまとうような嘘偽りを言っている感じがない。

「……むっ……これはやはり僕たちの依頼主の方に非があるみたいだね」

「やっぱりな。てゐが絡んでいたから、一筋縄じゃいかないと思ってたんだ。だからここまでは予想通りだ」

「ではどうする?」

「私たちは私たちのやり方で埒を開けるに決ってるじゃないか」

 ウンウンと頷き、魔理沙が妖夢に目配せする。

「では、私が参りましょう。魔理沙の弾幕では手加減もしづらいでしょうし。どうでしょう、お互い色々と言いたいことはありますが、どうせ平行線を辿るだけ。では、ここは私と貴女の一騎打ちで勝った方の言い分を通すというのは如何でしょう? 貴女も森や蟲たちに余計な被害をもたらすのは不本意なのでしょう?」

「ふんっ! その刀と私とやり合おうなんて、身の程知らずだね! いいわ! その条件をのみましょう。その代わり、貴女がどんな目に合っても私は知らないよ!」

 そういうとリグルはマントを翻らせる。はためくマントの裾から、キラキラと輝く小さな虫が飛び出し、リグルを中心に渦を巻く。

「御託は結構ですので、何時でも、何処からでもさっさとかかってきて下さい。どうせ貴女は私に勝てない」

 挑発しているのか、あるいは正直に事実だけを述べているのか、その涼やかな気合を込めた表情から読み取れなかった。

「言ったなぁ! お前は蟲の餌だ! そのお澄まし顔をグチャグチャにしてやるぅ!」

 どうやら前者と介したらしい。怒声一喝、リグルが大きく腕を振った。それを合図に彼女の周囲に展開されていた弾幕――恐らくその正体は、彼女の眷属である蛍たちだろう――が放たれる。弾幕と化した蛍の群れは、妖夢とその周囲の地面へと雨霰と降り注ぐ。地面を穿つその音は、まるで巨大な鉄槌を何度も何度も叩き降ろしているかのよう。あっという間に、妖夢の立っていた場所は、人一人が優に埋まるほどの大穴を空けていた。

「はははっ! あれだけ偉そうに吹いておいて、これで終わり? もうお仕舞い! ありえないっ! ありえないよ!」

 リグルが自分が穿った穴を指差し、腹を抱えて笑う。それは可笑しいからというよりも、僕たちに向けてのメッセージなのだろう。僕たちの代表が一瞬にして倒された、次は僕たちがこうなるのだ、とそう言いたいのだろう。だから妙に落ち着き払っている僕たちに、リグルは怪訝そうな表情を向ける。

「おい、お前たち! もっと慌てたらどうだい! お前たちの代表はあっけなくやられちゃったんだぞ! どうだ! もっと泣き喚いて、ごめんなさい申しませんって土下座したら、許してあげるかもしれないよ!」

 どうやら僕たちの態度が御気に召さなかったらしい。苛立たしげにリグルが言い放つ。それを聞いて魔理沙が、ニヤリと片頬を引き攣らせた。魔理沙の場合、馬鹿笑いや高笑いをするよりも、こんな風に静かに皮肉や嘲りを込めた笑い方のほうが迫力がある。

「それはそれはお優しいことで。もし私がお前なら、勝負がついていても絶対に許さないで完膚なきまでにやっつけるけどな。そしてそいつも私と同類だぜ」

 魔理沙の指がリグルを、否、リグルの背後を指し示す。

「……それで終わりですか?」

「……えっ?」

 リグルが振り返るよりも早く、魔理沙の言葉に答えるように、リグルの背後から声がした。リグルが目の端で己の背後を見やる。そこには先ほど自分が影も形もない程に破壊したと思っていた小柄な剣士の背中があった。妖夢は平生と変わらない声で続ける。

「では今度は私のスペルカードをお見せしましょう」

 懐から妖夢がスペルカードが取り出す。

 肩越しに、切りそろえられた銀髪の向こう側から除く妖夢の視線に込められた研ぎ澄まされた闘気にあてられ、リグルが言葉にならない叫びをあげ、振り向きざまに我武者羅に弾幕を放つ。

 しかしそこには既に妖夢の姿はない。弾幕が空を切り、木々をざわめかせる風に一枚のスペルカードが舞う。

「妄執剣 『修羅の血』」

 何処からともなく響いた言霊に、リグルの眼前でスペルカードが青白い燐火に包まれる。その炎に本能的に危険を感じたのか、リグルが逃げるように体を逸らせた。

 その時、鉄を打ち合わせる音がした。

 リグルの前の燐火が燃え尽きるその一瞬、符は垂直に二つに別れた。

リグルがそれを見届けたか否か、それは分からない。何故なら体を逸らせたその姿勢のまま、リグルはゆっくりと地へと落ちていったからだ。

「……また、つまらぬものを斬ってしまいました」

 奇麗に伸びたヘビケラの群れの中にリグルが落ち込んだのを見届け、地に屈んだ妖夢見得切るようにスッと立ち上がった。恐らく妖夢のことだから自然にやっているのだがろうが、これが実に様になる。

 呆然と事の成り行きを見守っていた(否、妖夢が何をやったのか僅かとも認識することかなわなかったのだが)僕に、妖夢は頷いた。

「ご安心を。勿論、峰打ちですよ。彼女も気を失っているだけです。すぐに起きてくるでしょう」

 僕の表情を意味を取り違えたらしい、妖夢が答えた。その言葉を証明するように、ヘビケラの群れに見守れるようにして、リグルがノロノロと起き上がる。

「さて勝負はこちらの勝ちな分けだから、これからは人間を襲うのは止めてもらうぜ」

「……ううっ……じゃ、じゃあ私たちは住処をなくしたまま、野たれ死ねっていうの?」

 全くもって妖夢はどんな一撃を加えたのか、立ち上がったリグルの体には傷跡一つ見えない。その癖、本人は立ち上がるのもやっとというほどの状態なのだから、その業前に恐れ入るばかりである。ついでにそれだけの一撃をそんな小さな体に受けてなお立ち上がり、なおかつ闘志の衰えないリグルにも鬼気迫るものを感じる。

「安心しろ。そこら辺は何とかしてやる。お前たちの悪いようにはさせないよ」

 物凄い目で睨みつけているリグルに魔理沙は無防備に気軽に近寄り、気安げに肩を叩いた。

 その笑みは、いつも通りどこか胡散臭い笑みだった。

 それから魔理沙たちが去って数日後、薄馬鹿下郎の巣である奇怪樹の根元に現れる、不審な影が二つ。

「しかしこれでやっと、薄馬鹿下郎の繭を取れるようになったわねぇ」

 真っ黒な覆面を被った怪しい人影、もとい、怪しい兎の影がグフグフと布越しに笑う。

「っていいますがてゐさん……この辺って蟲たちのテリトリーになってたんじゃ……」

 もう一人の覆面兎が怯えたようにグフグフ笑う覆面兎――の姿をした、薄馬鹿下郎ギルド統括副部長兼資材調達部部長・因幡てゐに、抱きついた。そんな弱気な部下の妖怪兎の腕を振り払い、てゐが不敵に笑う。

「だーいじょうぶよ。厄介な蟲どもはあの冒険者たちが追っ払ってくれたらしいからね。ここいらは私たちの取り放題! 儲けは全部私の懐に! ああ、素敵。……ってわけだから、文句言わずにバリバリ取りなさい! 久しぶりの収穫何だからと、人手を刈りだした成果を見せてみなさい!」

「……で、でももしこんなことしてるのが、鈴仙部長にばれたら……」

 オドオドとビクビクと、妖怪兎はまるで木々の陰から当の本人が覗いているのではと恐れるように辺りを見回す。その背に気合を入れるようにバシバシと叩き、てゐが実に悪そうな笑みを浮かべた。

「あんな堅物に、ばれるわきゃないでしょぉ?」

「……と、言うことだそうだが、そこの所はどうなんだ? 堅物の部長さん?」

「そうねぇ、それは確かにてゐの言う通りかもしれないと、認めるしかないわ」

「……えっ? えっ?」

 突然の声に、てゐが悪そうな笑みのままピタリと固まる。妖怪兎が青ざめた顔で周囲を見回すが、辺りに自分たち以外のものの姿もない。

 何処からともなく響くその声は続ける。次に聞こえてきたのは、凛とした大人の女性を思わせる声。

「ま、それは仕方がないことではありますが、それは反省すべき点ですね」

「……ちょ、ちょっと待って! この声ってっ!」

 良く響くその声にてゐが動き出した。何処か逃げる場所はないかと、右に左にオロオロとする。

 そこに最後の声が止めを刺す。

「ま、とりあえずお仕置きでしょ、永琳?」

「何で姫様までいるのよぉぉ!?」

 絶叫し、てゐがペタリと座り込んだ。それが合図であったかのように、今まで死んだように静まり返っていた森のあちこちから音がする。蟲の羽音、囀り、ざわめき。それらに押されるように、奇怪樹のあちらこちらからギチギチと鉄を擦り合わせるような耳障りな音をあげ、薄馬鹿下郎たちがその醜悪な姿を見せる。

 彼らの頭上には、リグル・ナイトバグの姿があった。腕には一体のフランス人形が抱かれている。勿論それはアリスの双方向通信を可能にした通信人形だ。

「誠に申し訳なかったわ、蟲の主。今後このようなことがないように、厳重に注意しますわ」

「それだけ? 私たち、変な薬をまかれたり、色々といやな目に合わされたんだよ?」

「貴女のいうことは一理あるわね。それじゃ、そこのウサギ、好きにしていいわ。煮てよし焼いてよし」

 恨みを込めたリグルの声に、人形からあっけらかんとした声がそれに答えた。薄馬鹿下郎ギルド理事である蓬莱山輝夜である。

「ホント! やったー! それじゃあ思う存分今までの恨みを晴らさせてもらうよー!」

「ああ、一応殺さないでくださいね。あとできれば五体満足で返して下さい。ギルドの仕事も沢山してもらわないといけませんので」

 嬉々としたリグルの声と、怖いくらい冷静な鈴仙の声、それに続いてキチキチとキチン質が軋む音が響き、薄馬鹿下郎たちがてゐへと襲いかかった。

「ちょっとぉぉ! 御免! ごめんなさい! 謝りますから、耳齧るのだけはやめてー!」

 てゐの悲鳴が鉄の擦れる音の中に沈んでいった。

「……これで一件落着かな?」

「……あの、リグル、あまり酷いことはしないであげてやってくださいませんか? 流石に食いちぎられる姿を見るのは忍びない」

「そんなことはしないよ。彼らはこの森の草しか食べない。兎の肉なんて不味くて頼まれたって食べやしないよ」

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