その日、森近霖之助こと僕は、珍しく店の外に出ていた。

いやはや、何とも健康的な事である。

普段との違いに、自分でもそう思えてしまう。なにせ店の黴臭い空気と違ってひんやりとしてきれいな空気を美味いと感じ、歩き回ることが心地よく感じられているのだから。

「む、これは状態が良さそうだ」

そう呟いては地面に落ちている物を拾い上げる。

名前はストップウォッチ、用途は時間を数える……か。うん、破損はなさそうだ。

土汚れを簡単にぬぐいながら品定めをし、近くの大八車の所まで戻る。

そこには既に色々な物が積まれている。大きな物から小さな物まであるが、テレビとかいう霊気入れに便利なものが幾つかあり、特に場所をとっている。

「まあ、今日はこんなものかな」

余り欲張り過ぎても帰りが辛い。何せこれを引いて帰るのは僕なのだ。連れは手伝ってくれそうにはない所か、むしろ喜んで荷台に乗るだろう。

「おおい、魔理沙。僕はもう帰るよ」

声をかければ、少し離れたところで鉄屑の山をひっくり返していた連れから、私も帰るぜ、と元気のよい声が返ってくる。

がしゃんと大きな音がして鉄屑をひっくり返し、魔理沙はそこから何かを引っ張り出して駆けて来た。

「何か良い物が見つかったのかい?」

「きっと良い物に違いないぜ。なにせ私の勘にピンときたからなっ」

「持ってもない能力に頼るのはどうかと思うよ」

「乙女の勘は全ての乙女に宿るクラススキルだぜ!」

いい笑顔で断言されてもなあ、と思いつつ大八車を曳き始める。こういったものは動かし始める時が一番重いのだ。

ぐっと腰を落として力を籠めて動かし始める。すると動き始めたのを見計らって魔理沙が飛び乗る。正直重いのだが、言った所で大人しく降りるような子ではない。

こうして車を曳くのは、霧雨の親父さんにはもう辛い作業なんだろうか?

大八車に荷物と一緒に乗った魔理沙という光景に、十年も遡らぬ時間を思い出す。魔理沙が生まれる前に独立してはいたが、霧雨道具店にはまだ度々顔を出していた。

その頃に車を曳いていたのは魔理沙の父、僕が霧雨の親父さんと呼ぶ男だった。彼も、初めて会った頃にはまだまだ若かったのだが。

ああ、親父さんもまだそんな歳じゃないか。

自分で思いついておいてなんだが失礼な話だろうと思う。しかし、僕にしてみれば人間は少し見ない間に、いつの間にか成長し、そして老いていく。

忙しない奴等め。直ぐに見分けが付かなくなるし、折角会いに行ってやったら、部屋の隅で小さな木の板になっていた事だってある。

全く、度し難い。

「こーりん、重いか?」

唐突に声をかけられ、僕の益体もない老いた考えが、瑞々しい魔理沙の声に打ち消される。少し真剣な様子の魔理沙が、こちらを見ていた。心配されたのかもしれない。

「重いといったら降りてくれるのかい?」

「乙女が重いなんてありえないからな。そんなハッタリには従えないぜ」

僕がにやりと笑って言ってやると、魔理沙もにやりと笑って言葉を返す。

心得た子だ。こういう所は嫌いじゃない。

「そういえば、さっきは何を見つけたんだい?」

「じゃじゃーん、これだぜ!」

含み笑いの応酬だけでは空気が妙な重さを持ちそうな気がして話を振ると、魔理沙はすぐに食いついてきた。

得意げに魔理沙が出したもの、それは一冊の本だった。表紙の掠れた一冊の本。
しかし、掠れて何と書いてあるのか、何が描かれていたのかも読み取れない割りに、端が擦り切れているわけでもない。

それは印刷された時に失敗してしまったのではと思わせる様な、綺麗でいて解読出来ない本。

「それは本か。何の本なんだい?」

「この魔理沙様がタダの本に興味を示すと思ったら大間違いだぜ」

「魔理沙が興味を示すというと・・・・・・魔道書なのか? 魔道書なんてものは、いかにも年季の入ってそうな古書だと相場が決まってるんだが」

「チッチッチッ、私は魔法だけの女じゃないんだぜ」

「じゃあ、それは何の本なんだい?」

「これはな、なんと白紙の本なんだぜっ!」

面白そうに魔理沙が広げたページは全くの白、白紙のページだった。次に魔理沙は本を最初から最後まで軽やかにめくっていくが、どのページにも一滴のインクすら見つけられない。

「妙に気になる本だったんで、これに色々書き込んで私の本にしようと思ってな」

「ふうん。つまり、ノートかい?」

「ノートじゃないぜ、ちゃんと装丁されてるハードカバーだからな」

「そういうのもノートと言うんだよ。やれやれ、仕入れについてきてそんな物しか拾って来ないなんて、君はいつからそんなに無欲になったんだい?」

「目ぼしい物ならこーりんが拾ってるだろ? 欲しいのがあれば後で借りるさ」

「ツケだからね」

「死んだら返すぜ」

後日聞いた話だが、この日、香霖堂にて霊夢も加えた三人で夕食をとった後、魔理沙は帰宅すると本も開かずに家の中に放り投げたまま眠りについたらしい。

そして数日は何事もなく過ぎ、アリスが魔理沙の家にやって来た時にその変化に気付いた。

「もう、ちょっとは掃除したらどうなの? この散らかり様は女の子の家じゃないわよ」

「いやあ、どこに何があるか大体は把握してるんだけどな」

「大体って辺りが既に怪しいわね」

「でも、探し物で頻繁に記憶力をテスト出来るっていう利点もあるんだ」

 ポジティブなのか言い訳なのか判断つけかねながら、アリスは家の中を掃除し始める。アリスが掃除に来ないと、魔理沙の家に掃除という言葉はない。

「掃除したほうが衛生的で探す手間と時間が省けて、乙女的にも見栄えがするでしょうに。・・・・・・うわっ! ちょっと魔理沙ここら辺、黴だらけじゃない。
ひいっ! こっちにはキノコまでっ! 魔法の森は湿度高いんだから、散らかしてると湿気のたまり場が沢山出来るのよ!」

「おっと黴臭いと思ったらそんな所に。でもなアリス、そのキノコは私が栽培してるんであって勝手に生えて来た訳じゃないぜ。苗床を荷物と一緒にとっ散らかしてるだけだからな」

散らかした荷物の下で勢力を増していた黴にも動揺は見せず、魔理沙はキノコの苗床である朽木を拾い上げて、散らかった荷物の山の上に置く。どうやら片付けた積もりらしい。

「全く、こんなのじゃいつか家全体が苗床になっちゃうわよ……」

「おお、家全体を苗床にするのか。大胆な発想だぜ! さぞや巨大なキノコが採れるんだろうな」

「怖い事言わないでよ……あら、この本は……?」

魔理沙が新しい実験の天啓を得ている時、アリスは表紙が掠れて読めない奇妙な本を見つけた。
見れば背表紙も裏表紙も掠れているのに新品のように綺麗な本。本を仕舞うにもきちんとジャンル分けを欠かさないアリスは何の気なしに本を開き、内容を確認する。

「……何これ。魔理沙、貴女日記なんてつけてたの?」

「日記?」

身に覚えのない問いかけに疑問を覚えて魔理沙も問い返す。

「違うの? 香霖堂さんの所に遊びに行った時の事みたいだけど……フン、短編小説仕立ての日記なんて、貴女にしては洒落てるわね」

 気を悪くしたようにアリスが皮肉を言う。魔理沙は普通、魔法以外でこんな凝った事が出来る人間ではない。

「おいおい、私は日記なんて書いてないし、小説なんて書いた事もないぜ?」

「でもこれ、貴女と香霖堂さんと……霊夢も出てるわね……って、貴女が出てない話もあるみたいだけど」

「だからそんなの知らないぜ……って、こりゃこの間無縁塚で拾ってきた本じゃないか。白紙の筈なんだが」

アリスが魔理沙にも見えるよう本の角度を変える。魔理沙は開かれたページを見て、確かにと頷くと本を受け取って食い入るように読み始めた。
そして一話分を読み終えると本を閉じ、その本の表紙と背表紙、裏表紙を確認し始める。間違いなく無縁塚で拾った白紙の筈の本だった。

 そして再び本を開いて読んでみる。今度は自分の出てこない話で咲夜が出る話だった。

「これ、貴女が書いたんじゃないの?」

「おいおい。私の知らない話が書いてある時点で、私が書いた筈ないだろ」

 アリスの問いに考えるまでもなく答えた。書かれた内容には魔理沙も知らなかった事がある。
白紙の筈の本に書かれた現実の出来事。その本には先日拾われて以来、誰も手を触れていない。

 ならば、その本の正体は。

「人の身に起きた実際の出来事を勝手に描く魔法の本、って事か」

きっとそうだ、と魔理沙は思った。あの時、妙に気になった場所をひっくり返して偶然見つけられたのは、これが魔法の本だからなのだと、そう思った。

「え、え? 何この本、魔法の本なの?」

「そういう事。よしっ、行くぜアリス!」

「ええっ行くって何処に? 今日は家を片付けたら私とゆっくりお茶するんじゃ……」

「紅魔館、パチュリーのとこっ! こんな面白そうな本聞いたことないから調べるんだぜ。図書館なら何か分かるかも知れないからなっ」

「ま、待ってよ魔理沙。ああ、もうっ!」

 思い立ったが吉日とばかりに飛んでいく魔理沙。そしてアリスが文句を言いながらもそれを追う。

続きは本編で

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